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2019/03/15 22:02  | コラム |  コメント(1)

明治維新の疑問73

土佐藩は久光に後れをとってはならぬ・薩摩の「地ごろ」に負けてはならぬと眦を決した。
当時土佐藩は・・武市半平太が率いる土佐勤王党が・実権を握っていた。藩主豊範はこれに動かされ・勅使三条実美を立てて江戸に推参した。久光の真似である。

三条は・・将軍家茂に勅命として・攘夷の実行を求めた。家茂は上洛して天皇に直に上奏すると回答する。情勢はパチンコ台の玉のように・ビリヤードの玉のように・動いた。藩主は三条の従弟であり・三条は朝廷屈指の攘夷派だ。

安政の大獄の大波を被り・隠居した容堂が藩主なら・・この様な付和雷同する事は無かっただろう。容堂が実権を取り戻すには・少し時間が掛かった。

文久3年・1863年・西郷は島に流されていたが・京は暗殺が主役だった。天誅が合言葉だった。長州訛りが入っていた。出来もしない攘夷の実行策を・・将軍家茂が奏上する為・上洛する羽目になる。土佐の余計な出しゃばりが・御政道を曲げたとなる。久光がそれに合わせて・・又上洛して来た。

久光は天誅を嫌悪し・無責任な攘夷を唱えるな・過激派に動かされる公家を罷免せよ・と正論論者だったが・・時世には数足遅れていた。久光は又無力感に拉がれて故郷に帰った。
山内容堂も公武合体論の主役の一人だったが・国元に引き上げる。
春嶽は「攘夷が不可知りながら攘夷の勅諚を得ようとするのは・お上を欺くもの」と怒って政治総裁職を放り出して・国に帰ってしまう。春嶽のインテリの弱さが諸に出ていた。正論を押し通せば・・大名と言えども天誅の刃が舞った事は確かだった。
幕府の有能な官僚によって・・日本は支えられていた。

何よりも・・既に幕府派開国して・・日本は鎖国をとっくに破り捨てていた。その現状も分からない天皇と混迷な公家と長州・攘夷志士が国を危うくしていた・・・

( ^ω^)

One comment on “明治維新の疑問73
  1. おののののか より:
    土佐

    土佐藩の者が策を献じる時は、気を付けたほうが良い。外見はいかにも良いが、なかったことにしたほうが良い。ほんとその出しゃばりが、結局あらぬ方へ日本を導く。笑

    長曾我部の領土に落下傘降下した山内家。地侍となった旧臣を徹底的に差別しなければ支配できない。逆に外見はよく見せたい。気候も良く楽観的なくせに精神分裂だ。容堂も、竜馬も、吉田茂も私は好きではない。笑

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