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2019/02/09 21:45  | コラム |  コメント(1)

明治維新の疑問⑯

安政元年・1854年・横浜村に建てた臨時の条約館で・幕府とペリー提督は・・日米和親条約締結の交渉に入った。幕府は交渉人として・・林大学頭を採用した。儒学の総本山・学者を選んだ理由は定かではないが・・林大学は一流の外交官に匹敵した。

ペリーは相変わらず・・短艇を出し・内湾に入り込み測定したり・軍艦を本牧沖へ進出させたり・圧力をかけるのに余念がなかった。林大学は・・交渉に先立ち・上申書を提出した。

「万一当方より手出し仕り候えば・忽ち戦争と相成り・応援も水の泡に相成り申すべく・・・
異人は武威で諸願相立て申すべく見込み候ゆえ・拘わり申さず・柔順に御国威を失わざるよう応接仕
るべくと存じ奉り候ことゆえ・まず私方に御任せ置かれ候」

と大学は念の為・釘を刺した。

1854年行事
3月1日(嘉永7年2月3日) – 幕府が異国船見物禁止令を布告
3月8日(嘉永7年2月10日) – 幕府、ペリーと横浜で会談開始
3月27日 – クリミア戦争: イギリスがロシアに宣戦布告(クリミア戦争開始)
3月28日 – クリミア戦争: フランスがロシアに宣戦布告
3月31日(嘉永7年3月3日) – 日米和親条約調印 WIKI

二十日間少々で締結出来た。大学の冷静な手腕によるものだ。
ペリー提督の強硬な通商要求に対し・・大学は日本の知性的な環境を説明し・古より衣食住ほか
総てを自給してきた。だから・さしあたり・我が国が外国から輸入しなければならない物はない。
従って我が国は通商の必要はない。
だが・・もし米船が薪・水・食料・石炭・蝋燭・油等日用品や必需品の購入を希望するのであれば・・我が国の最高道徳である「仁」の心を以て・暴利を貪ることなく・安価にてそれらを販売することを容認する。米国漂流民の保護も「仁」の心を以て遇しよう・・と弁舌巧みに答えた。

日米は数回の交渉の末・・下田・函館開港・薪・水食糧供給等を定めた日米和親条約を調印・米国に対し・開国した。

老中首座・阿部正弘36歳だった・・・
( ^ω^)

One comment on “明治維新の疑問⑯
  1. おののののか より:
    日本思想

    儒学、朱子学、よく知らないし、無意識的に日本人の思考にどの程度血肉となっているか、よくわからないな。尊王攘夷の水戸学にも入っているのだろう。中韓を見ると、同じ儒学でも、えらく違って見えるが。

    これに仏教・神道も入ってくるのだから複雑だ。洋学も入ってくるし、漢字・ひらがな・カタカナを使いこなす日本。我々はいったい何者なんだ。一晩で変われるという噂だが。笑

    まぁ柔軟性もあったのだろう・・・
    と同時に視野狭窄もあった・・・( ^ω^)

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