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The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2019/02/06 23:03  | コラム |  コメント(1)

明治維新の疑問⑫

単刀直入と言うべきか・・ペリー提督の赤裸々な砲艦外交は・他の諸国の肝を冷やすものだった。
当然非難轟轟となる。中でもロシアは怒り心頭だった。当時からロシアは・・日本を隣国と見做し・外交的に以前からにじり寄っていた。勿論・・武力を否定するわけではないが・そう簡単に軍艦を極東の隣国日本に回せない地政学上の問題があった。

露西亜は以前から日本との和親通商を望んでいた。
五代将軍綱吉の頃・既にロシアは・・
「日本との和親通商を図る為・・ペテルブルクに日本語学校を設け・通訳の養成を始めた」

気が長い国である。縄文土器時代・・シベリアから石器を輸入していたから・・一番古い通商相手国でもある。プーチンの口車に乗って・・北方四島返還など・夢見ない方が良い。北方四島は・・プーチンの釣り餌に過ぎない。

享保15年・1730年の頃・ロシア人は・・カムチャッカからアラスカに達し・北太平洋で毛皮獣の捕獲に手を染めるようになった。「森林の宝石」と呼ばれるクロテンやラッコ等の毛皮は・・欧州の貴婦人達が高値で購入したから・毛皮はロシアの主要輸出品だった。米国はまだ存在していなかった。

寛永4年・1792年・ロシア皇帝エカテリーナ2世は・・使節ラックスマンを日本に派遣した。
ラックスマンは・・日本人漂流者を伴い国書を持ち・根室に来航し通商を求めたが・幕府は鎖国を理由に・対外交渉は長崎で行うと告げ・ロシアの申し出を事実上拒否した。
当然・・日露関係は上手く行かなくなった。

文化元年・1804年・露西亜のレザノフが・・軍艦で長崎にやって来て・通商を求めたが・幕府のすげない態度は変わらなかった。頭に来たロシアは・・サハリンや千島でしきりに暴行を行った。
その経緯があり・・文化8年・1811年・露西亜軍艦が薪や水・食料を求めて・国後島に寄港すると・幕吏は艦長ゴローニンを捕らえた。この様な経緯があって・・露西亜は日本との通商を諦めていた。
そして欧州に目を転じ・・地中海進出を目論むようになった。
だが・・露西亜の南下政策は・英国の東進政策と衝突し・拒まれた。

天保4年・1833年・露西亜皇帝ニコライ1世は・・バルカン半島及び地中海南下を企画し・トルコと
条約を締結・軍事同盟を結び・露西亜艦隊のダーダネル海峡自由通行権を得・地中海進出の足掛かりを確保した。
露西亜の軍事支援を得たトルコが・・エジブトを攻撃すると・英国はロシアの地中海進出を防ぐ為・急遽トルコと同盟・エジブトを攻撃・降伏させた。そしてトルコ・露西亜の条約を破棄させ・
露西亜艦隊の地中海進出を阻んだ。

南下政策を断念出来なかった露西亜皇帝は・・再度トルコに条約を求めたが・トルコは拒否・
1853年ロシアはトルコに宣戦布告した。英・仏はトルコと同盟し・クリミア戦争が勃発した。

この激動の1853年・嘉永6年・ペリー提督が初めて4艦を率いて江戸湾に出現した。一時日本との通商を諦めていたロシアは・・俄然色めいた。新参者の米国に油揚げをかっさらわれては・・面子が立たない・立つ瀬がないとなる。ロシアは・・極東艦隊司令長官プチャーキン海軍中将を対日使節として送り込んだ。

プチャーキンは・・ペリー艦隊より1ヵ月遅れで長崎に来航した。如何にロシアの情報収集が優れているか・明らかな行動だった。そして・・対応に当たったのが・勘定奉行兼海防係の川路聖謨だった。川路は・・勝海舟と同じ御家人出身だったが・・明晰で腹が座った人物で・順調に要職についていた。骨があった。小栗同様薩長に対し・・強硬派で・慶喜から罷免された。罷免間も無く中風を患い体が不自由になった。なったが・・薩長軍の江戸攻撃の日・英国の恫喝に怯えた西郷が・急遽・勝と和合・江戸攻撃は消えたが・それを知らなかった川路は・・床で腹を切り・拳銃で自殺した。拳銃で自決した初めての旗本になった・・・
( ^ω^)                                                                                                                                                                                                              

One comment on “明治維新の疑問⑫
  1. おののののか より:
    国際環境

    ロシアはバイキングによって国家を創ってもらい、ビザンチン帝国に箔をつけてもらった。モンゴルにより帝国支配の本質を味あわされ、西欧を追いかけた。大航海時代、陸の国ロシアが極東まで来たのは、やはり毛皮か。米国がgoldに魅かれて一気に太平洋に出てきたのと対応しているな。現代では石油だな。結局、米露がこの勢いで日本の開国で顔合わせした。

    アラスカまで領有したのだからすごいが、無人の野を行くようなものだから米国より早い。ロシアが革命前にカネに困ってか、アラスカを米国に売ったのは痛恨の後悔だろう。goldの威力か。日本から流失したgoldではないのか。笑 

    北方4島はソ連崩壊のエリツィンの時、取り戻せなかったのが痛い。もうチャンスはないだろう。そもそも条約を破った相手とまた条約を結んでも徒労だ。時々で対中包囲で協調すれば良いと思う。妥協したら関白殿は退陣だな。
     
    だいたい北方領土を返したら、中朝から沿海州を返せという動きにもつながるはずだが、怖いロシアにはなかなか言えないだろう。

    英露のユーラシア大陸の南北方向の地政学的せめぎあいが、近代の歴史だ。現代でも米露がやっている。そこに中国が苦し紛れに一帯一路で割り込んできた。EUもこれに乗りたいようだ。これをアングロサクソンがどう見るかだな。日本の使用価値も上がるかもしれない。特にトランプ以降。トランプに蹴飛ばされる角度が違ってくるだろう。

    ロシアの本領は欧州だから、そちらで昔から忙しい。ウクライナの問題など、経緯からいってロシアのほうがまともだが、西側の日本が本分を忘れて支持するわけにはいかない。北方4島が間違って返されたら日本の立場は苦しくなる。

    シベリアが温暖化し、北極航路が栄えば、ロシアの広大過ぎる領土は安泰とは言えなくなるだろう。中国人が何かに魅かれるようになだれ込むだろう。万里の長城でも造るか。中露は何十万人ではなく、何千万人単位の虐殺がやりやすい。特に同族に。国家同士では核が安全保障になるが、いろいろ起こるだろうな。日本列島はユーラシア大陸の吹き溜まりと自覚することが、地政学的に重要だと思う。確かに大陸との関係が難しい。しかも戦後は、別大陸の覇権国家米国の配下にあるからなおさらだ。笑

    幕末と大差ない様に思えるな。歴史の学習が効いてくるわけだ・・・
    ( ^ω^)

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