ブログ記者によるオンライン新聞 グッチーポスト

The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2018/12/29 01:06  | コラム |  コメント(8)

何故行政裁判所が必要か・?

マラドーナさんのJDコラムの投稿・・今週の動き(12/24~31)12月27日投稿コメント
「行政訴訟には課題が山積しているが、行政裁判所の設置などその解決策にはならない。本質的でもなく実現可能性もない話を論じるヒマがあるなら今やるべきことは山のようにある」

法曹界の人間と話していても・・憲法改正は不可能の意識があります。しかし安部政権の国政選挙によって・・憲法改正が不可能ではなくなってきた。可能になった。
可能になって・・今・その一歩を踏み出そうとしている。
首相の悲願は・・国防・自衛隊を軍に引き上げる所存は・明白だと思います。軍を創立する以上・軍事裁判所は不可避になる。

とすると・・行政裁判所を創設する事も難しい事ではない。
御認めのように・・行政訴訟には課題が山積している。
課題の山積には・・行政担当の裁判官が引き受ける事件が多すぎる。これは民事事件も請け負わせている現状が・・最大の課題だと思います。引算が出来ない法曹人と揶揄しましたが。物理的に超人を求められている。
いわば・・百貨店から専門店への話なのです。

最高裁判所も・・事実上の二審制に変えたものの・増加する一方の事件に・社会の要請に・
社会の変化に・スピード的に対応しきれていない。時代遅れになりつつある。もしくは時代遅れになっている。時代は・・信号がある渋滞した市中の道路ではなく・・信号がない高速道路が必要なのです。

阿部先生が挙げられる行政事件の課題も・・突き詰めていけば・行政裁判所・もしくは憲法裁判所の設置に繋がって行くものです。常識の考えではそんな結論に導かれます。

事務局によって支えられている最高裁判所も・・徒に最高の権威を誇るだけではなく・新しい時代が来ている事を認識すべきです。

僕の事件ですが・・勝訴が確定したものの・最高裁判所に求めた初めての事件でしたが・求めたものではなく・弁護士によると原告の顔を立てるといったものだそうです。
こちらはやりかけた以上・・内閣府会議で代理人と担当の主要官庁と・非公開会議で話し合い・
此方の主張を取り入れる形で・一週間足らずの内に決着しました。最高裁に求めたものが得られたわけです。

行政訴訟に関しては・・貴方がお考えになっているよりも・司法にはガタが来ている様に思えます。折角のチャンス・千載一遇の好機だから・・阿部首相の尻馬に乗っかって・行政裁判所の設立も求めたいものですね・・御一緒に如何ですか・・・
( ^ω^)

8 comments on “何故行政裁判所が必要か・?
  1. マラドーナ より:
    評価

    貴方の主張には、必要性と相当性において十分な根拠が示されていないと考えます。

    まず必要性。なぜ行政裁判所でなければいけないのかという問題。
    行政訴訟の非効率と非合理の最大の原因である裁判官の質量の不足と行政手続の不備の解決が目的と理解するが、それは現行制度の下で対応できない問題ではない。たとえば以前にも述べた行政手続関連法の拡充や裁判官の増員と専門化。行政手続関連法(近年、飛躍的に変わった。たとえば行政不服審査法の制定はコメント欄で提示された阿部先生のご論稿の後。)をさらに強化して手続きの迅速を義務化すればよい。現行裁判所内に行政部を作って担当裁判官を増やし育成すればよい。最高裁に問題があるのなら阿部先生も尊敬されている藤田宙靖教授のような本物の専門家をもっと起用し調査官の専門化も進めれば良い(なお藤田先生には小職もお世話になっている)。これらは法的なハードルは高くなく、関係者がやる気になれば十分実現可能だし、現実にもその方向で改革は進んでいる(なおこの分野の進展には阿部先生も貢献されている)。
    念のため述べると、私はこれまでの対応が十分と言うつもりは毛頭ない。むしろ課題が変わらず山積していることは、私のみならず関係者誰しも認識している。
    それは前述の行政手続きの不備と裁判官の質量の不足の問題にとどまらない。たとえば裁判所は文書の電子化すら実現していない。こんなことはすぐに対応できる問題であって学界も弁護士会も法務省の怠慢を指摘し続けている。本当に重要なのはこういう身近な問題の積み重ね。こういった実質的な課題を克服せずに「行政裁判所」という形式だけ導入しても骨抜きにされるだけで本質的な解決にはならない。前述の行政手続関連法の拡充や裁判所の改革、そして裁判手続きの合理化においてこそ国民の声を高め、政治から圧力をかけて司法行政を変えなければいけない。
    要するに、現行制度の下では実現できないことが、なぜ行政裁判所を設置すれば実現できるのか。できるというのであればそれは一体何なのか。それが具体的に示されないと説得力がない。

    次に相当性。行政裁判所の導入にはデメリットがあるが、それを上回るメリットがあるのかという問題。
    たとえば行政裁判所を設置するということは、突き詰めれば裁判官ではなく行政官に最終判断を委ねるということ。本当にそれでいいのか。この是非は国家の司法制度全体に関わる問題であり、決して簡単な議論ではない。たとえば米国は日本と同じで「特別裁判所」(通常裁判所が終審にならない独立した機構)を認めていない。
    なおこの点について、貴方は軍が設置されれば「軍事裁判所」が設置されると指摘されるが、これが「特別裁判所」である必要はない。米国の軍事裁判所の判断は上訴すれば軍から独立した裁判官の審査が及ぶ。したがって今回の行政裁判所の議論とは関係がない。
    司法の理念と構造に踏み込む議論になるのだから、専門家である行政法学者や実務家の議論の蓄積をふまえなければならない。だからこそ最初から論文はあるのですか?と聞いている。そうでないと政治も人々も動かない。貴方一人が「日本独自の法制度は可能」といったところで誰も納得しないし、「民意」が上がるわけもない。
    そしてこの分野の議論を私は熟知しているが、近年正面から論じた例はない。理由は単純で、議論が出尽くしているから。過去の論文を見ればそのプロコンは整理されている(念のため述べると訴訟で提出される「意見書」は学者が書いたものであっても「論文」ではない)。
    要するに、行政裁判所の導入を主張するのであれば、これまで法学者や実務家の間で交わされた議論(反対の論拠)を把握し、それに対する反論を用意する必要がある。それが具体的に示されないと説得力はない。

    法律家としての議論はここまで。憲法改正が可能なのか、どうあるべきかは政治問題であり、人それぞれ見解が異なるので立ち入りません。ただ憲法改正がどれだけ難しいかは誰もが分かっていること。そんな不透明な将来に期待と労力をかけて、今できることから目を背ける(とは言わないまでも無意味であるかのように議論を誘導する)ことが適切なのか。個人的にはむしろ不誠実な欺瞞に感じられますが。

    行政訴訟の課題について問題意識を高めていることは多としますが、現実に意味のある方策を考えた方が、貴方にとっても社会にとっても有益と考えます。

  2. ペルドン より:
    マラドーナさん

    ここは準備書面を交わす法廷でも・・
    学術誌でもありません。
    偶々行政訴訟を経験し感じたことを・コラムに取り上げたにすぎません。行政裁判所が必要だという論文に・・啓蒙された訳ではありません。国民の一人として・・裁判を通じて得た経験を披露しているにすぎません。つまり・・これが原点です。
    民主主義・法治国家においては・・まず原点があって・次に補佐する法曹界の存在があると思料します。

    法理論構成は専門家の仕事です。従って「必要性と相当性において十分な根拠が示されていない」と言う主張は・・専門家同士が交わす論戦であって・・素人とは無関係です。

    最大の論点は・・「これらは法的なハードルは高くなく、関係者がやる気になれば十分実現可能だし、現実にもその方向で改革は進んでいる」

    法的にハードルは高くないのなら・・何故改革が匍匐前進なのか・説明が付かない。そんな高くないハードルでも・・実際は高い。それが現実ではありませんか・?!
    それらの努力を全く無視するのではありません。
    ありませんが・・違う道が見えてきたのなら・・その方向に向かってみるのも・・改革の道だろうと・現実的に受け取るのです。策は多いほうが良いに決まっています。

    安倍総理が邁進する憲法改正は・・絶好の機会でもあります。法曹界の人間には・・全く見えていない様に思えますね。明らかに歴史の転換期に指しかかっているのでしょう。

    行政・・高級官僚の人事は・・内閣府に握られています。首相の判断に逆らえない雰囲気があります。行政を動かすには・行政以上勉強しなければならない・・これは局長になった友人の言葉で・・その通りだと思います。思いますが・・一方で人事の重みもある。
    首相の意向が強くなる。

    憲法改正は避けれない状況だと思います。
    従って・・行政裁判所設立は難しくない処まで来ているのでしょう。
    マラドーナさんが危惧する・・「仏作って魂を入れず」は危惧だけではないでしょう。
    にしても・・改革に匍匐前進しているよりも・まだこの新世界の方が・・期待を持てると信じてみたいのです。
    にしても憲法改正の段階で・・最高裁との取引で・行政裁判所が消える可能性もあります。
    にしても・・今の匍匐前進よりも有意義な改革が・見返りに得られる可能性も捨てきれません・・・

    ( ^ω^)

  3. 健太 より:
    裁判と法律

     私たちの周りにいる人々の裁判は離婚と遺産相続です。法曹関係にはまったく縁がないが、知人が弁護士に頼むというので、お前が説明してくれというので、なんでというと盗まれた部品がないと機械が動かず、大損だから、その仕組みをせつめいしてくれ、とのことだった。そこで弁護士に初めてあい、いろいろ聞くと、わけのわからない法律のことを言うが,要するに金をとるには法律的な制限があるということだと理解した。そこで説明に入ったが、地方の弁護士だから大したことはないが、一流大学を出ており、説明すればわかると思った。ところが一向に理解しない、そこで初めて、司法試験合格者は利口で何でも知っていると思っている自分にきずいた。実際の裁判になると事案の知識が必要だときずいた。
     あれー
    、司法試験を通過してもその先のほうが一大事ではないかと思った。いくら説明しても、理解できなかった。
     素人勉強で思うが我が国の政府組織、法律は我々の生地に合致していないこと思っている。
     国の始めが律令制という外国のやり方の翻案だからです。
     明治の時の江藤新平の民法に対する態度を見ればいい。市役所で、政府の方針を無視して外国人の生活保護をやめよとというと、これは国の管轄だから、行政訴訟を起こされるのですかと聞かれた。なんだそれは?そこから、役所の行動を規制しているのは法律にもとずいていると初めて、具体的に気が付いた。
     新聞なんかの政府批判は根拠となる法律や。予算など無視して、彼らの頭にある政府をもとにして、批判している。無駄のようだが、今回母子加算があっという間に廃止された。あれが法的根拠によるものなら生活保護と同じようにやめることはできないはずだが、できてしまう。
     ここに我が国の法的規制と、実際の行動に大きな落差がある。
    戦前の帝国憲法においても信教の自由は認められていたが実際の行動は《非国民。で。おしまいだった。
     素人意見だが行政訴訟を起こしても、法体系と実際の世界とに大きな落差があるから、法律上の解決はできても実際のものは大きく異なるのではと思う。
     では如何するか?
    これはどうにもならず世俗の俚言、<なるようになるさ>」で進んでいき、その谷間に落ちた人は救われることはない。拉致被害者をみれないい。
     あれは軍事行動をする事案です。またはそれがいつでもできるようにすることが解決のみちでしょう。
    日本人はみなそれを知っており、裁判などばかばかしいと思っている。
     我が国は裁判が少ない国ではなく江戸時代は江戸に公事宿があり訴訟人が止まる旅館があったようです。この手のことはそれこそ司法関係者内は常識でしょう。宮沢賢治の雨にも負けずをみればいい。

    大本は我が国の統治思想とその具体的な歴史に対する無知の問題があると思う。

     個人的な思いだが、我が国には地方地方のそれぞれの小さまな国があり、そこに一応の法律があり、その上に外国の影響を受けた政府があり、その政府の規制がおおいかかっており、そこにせめぎあいがある。
     国内だけならいいがそこに外国が絡むと機能が難しくなる。
     議会も。民主主義も選挙も自ら生み出したものではないから、そこに大きなずれと混乱があるに過ぎないと思う。

     以上は全くの素人の見方です。

  4. マラドーナ より:
    了解しました。

    ご趣旨は理解しました。
    私も言葉が過ぎたところがあったと反省していますが、最後に率直なご意見をいただき、良かったと思います。お付き合いいただきありがとうございました。

    マラドーナさん
    こちらこそ楽しい意見を交わせて感謝しております。わざと刺激的な言動で・・あおった非礼は失礼いたしました。引き続き改革の為に・・御努力をお願いいたします。持続こそ力でもあります。有難うございました・・・
    ( ^ω^)

  5. 健太 より:
    質問

     ぺルドンさん
    憲法において
    第八十九条
    公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

    とありますが素人理解ですが私立学校に政府予算を提供することは違反ではないですか?
     法曹界ではどのようになっているでしょうか
     憲法前文を読んだが、憲法改正において、9条以外において、重要な条文がそのどさくさの紛れて改正されるのではないかという危惧を持ちました。
     改正ではなく修正が適当ではないかと思います。
    政府予算を行政訴訟で訴えたら、どのように展開するかは見ものだとは思います。
     9条に関する論議を読むと、9条の経緯や、常識で見れば、わけのわからんことを言って反対する人が多いなあ。連中それを表看板にしてきたから」、今更変えることができない人々に過ぎないと思う。

    健太さん
    僕のコラムは法務ではありせんよ・・・
    やっぱり女性の話の方が似合っている・・・

    JDが専門家だから・・尋ねるのはJDに・・・( ^ω^)

  6. 健太 より:
    野暮

     野暮な質問ですね。昔から、空気を読めず、妙な質問をするから、皆な内心では馬鹿と思っているなあときずいたのはずいぶん後の事、好色一代男を読んだほうが受験勉強をするよりどれだけ健全かと思ったのもあとの祭りでした。
     国内はやるだけ野暮なことが多いですねえ。市会議員に話を聞くと、全国では市会議員のなり手がなくなるとみている議員が多いそうです。健全ですね。
    この日本人庶民の健全さは怖いなあと思う。

    健太さん
    地方では市議は高級取です・・志願者は一杯います・・・
    ( ^ω^)

  7. おののののか より:
    想像

    マラドーナさんの投稿は公開されなかったな。想像するに・・・。

    仏作って魂入れずと言っているくらいだから、法曹界にも実質的に憲法を守る行政裁判所というイメージがないのだろうな。少ない条文の憲法の委任で、大量の法律の留保に勝てるわけがない。そんなもの司法の管轄外に創ったら藪蛇だろう。逆にぺルドンさんの危惧する方向へ行ってしまうだろう。司法の管轄権で行政訴訟部を強化するしかない。手続き的な法改正だろう。

    魂といっても独仏行政裁判所で違うのでは。仏は民主主義の敵の伝統があった司法から離れた裁判所のイメージ。独は逆に三権分立の強化に紛れて執政権(国王体験)を消失、政治の除去を目指す理想的な民主主義の憲法下。両方とも危惧されるが、日本の場合の魂はよく場の空気と言われる。 民主主義も自由主義も縁がなかったし。笑

    私も司法裁判所が無難で、コンパクトな憲法で、行政立法を審査し、英米法系の昔ながらの法を探し当てるという考え方がいいな。だが時代が急速に変わり、そんな悠長ではなくなった。大量の行政立法の勉強は大変だ。ジョセフケネディのような毒をもって対処できればいいだろうなと思う。笑

    ぺルドンさんの経験からすれば三権分立の壁がまずあり、そのうえでまともな民主主義なら判決を尊重するのだがそうなっていない、ということだ。それに輪をかけて議院内閣政の問題。つくずく日本にあっている。英国とはだいぶレベルが違うが。英国政治もシェイクスピアの様相だが、あちらは自前の古い伝統ですからね。

    突き詰めれば民主主義のレベルの問題だと思うな。レベルを上げるため自由主義を使い制度を改良し尊重してきた。そのバランスをとるのが執政権という、JDさんのあのコラムは今でもお気に入りだ。つくずく日本には縁がないことだ。有料といわず、この問題こちらで教えてほしいな。笑 もう日本に数少ない正義漢のぺルドンさんは憤るばかり。笑

    執政権も日本では消失。米国の三権分立は一番厳しく、よく宙ぶらりんになるが、執政権はやはり強力だ。

    僕は正義漢ではありません。女の子といちゃついている方が似合いだ。
    ただあっちには・・スゲェ切れ者がいる。
    安心して任せられる。フフフフフ・・・( ^ω^)

  8. 健太 より:
    実情

    >健太さん
    地方では市議は高級取です・・志願者は一杯います・・・

     知り合いの市会議員、一人で活躍している人ですが、彼はなり手がなくなると予測している。
     定数の削減が進み、人口も減るから、ますます財政は厳しくなる。
    都市は別かもしれないが田舎の実情はなり手がなくなる。 赤字会社の役員になる人は少ないのでは?
     もっとも市会議員を会社の役員のように認識している人は少ない。我が国の会社の役員は会社の借金の保証人になっている。
     市会議員にはそれがないから、大きく異なる。
    民主化というなら、議員に行政単位の借金の個人保証人になることを制度として作ってはいかがか?野暮?
     法的にいくら合理的な仕組みを作ってもそれが作動する社会がそれに対応していなければ、機能しない。特に危機に見舞われるとそれが如実に出る。
    個人的には再び関東大震災が襲った時、明治以降の近代化の結果が出るとみている。
     大東亜戦争の時はまだ田舎があったが今回は違うでしょう。
    これだけ無責任がまかり通ればさきはない。かろうじて会社で言えば係長以下がまだ優れているから持っているとみている。

     5年ほど前に、河川理局へ用事で言ったが、実にスマートのこちらの要求を処理してくれた。
     その時所長が言うには前回にお宅が言うような処理の記録はないです。少し調べますと言って、しばらくしてわかりました、すぐにやります。ただこの要望は市を介してすることですから、こちらから市に書類を出すように言いますから、市から連絡がありますから、要望書を市に出してください。
     その通りに進んだ。予算の執行項目にないこと以前したということで、所長は何でしたかが分かったから、すぐにしてくれた。この手のことを知る人が世故にたけた人で、田中角栄はその名人でしょう。制度上うんぬんという人が宮澤喜一でしょう。
     社会のごみみたいな自分ですが、役員をして行政単位と交渉すると違和感を感じる。ここが大きな問題だと思うが多分どうにもならない。
     そこの行動を支えているのは法律ではなく、妙な道徳ないし道理だとみている。然しそれは大きな組織を動かす時に困る。満州事変の時の朝鮮軍の行動がそれです。
     妾も道理のある妾は許されるがそれがない妾はいけない。法的な問題ではないですな。
     知人に好き物がおり、先日スナックで話したが<よくもよくもホテルが満員だ>といって、笑った。我が国は健全ですな。

コメントを残す

* が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

いただいたコメントは、チェックしたのち公開されますので、すぐには表示されません。
ご了承のうえ、ご利用ください。