2018/12/07 11:16 | コラム | コメント(1)
ポルシェボーイの恋②
彼女は・・優勝馬に寄り添う際の華やかな服をまとっていた。僕の前に優雅に座るとかっこよい足を組んだ。かっこよい足は彼女の売りの一つだった。だが顔が少しやつれている。ただ目は妙に色っぽく生き生きしていた。香水もいつもの香水ではなかった。珍しく麝香系だった。
男と寝てきたばかりだな・・うつかり感想を口を滑らせそうになる。
「あれから・・毎日彼とは出会っていたわ」
不倫を告白する愛人のように・御令嬢はいきなり囁いた。僕は驚いた振りをする。赤紙が来た以上・・そんな事だろうと推測していたから・演技をする余裕はあった。しかし毎日だって・!予測外だった。もっと予測外物語を聴かされる続きの予告編だった。
「私からじゃなくてよ。彼から誘いがあったの」
御令嬢は誇りにかけ補足する。僕は黙って頷いている。子供が出来たから責任を取れ・・と言われるにしては早すぎる話だが・用心深く拝聴する。
「毎日毎日会っていて・・一週間後にプロポーズされたわ」
プロポーズに彼女はやや強めのアクセントを込め・・自分の感情を伝えた。驚きだった。そりゃいくらポルシェ狂でも早すぎるじゃないか。スピード違反だ。一週間だって・!この用心深い狐のお嬢さんを相手にして。
狐さんが注意深く得物を保護観察している中・・僕は居心地悪そうに足を組み返し・自分の感情を表した。
「で・・受けたの」
意外な事に・・少し僕の声はかすれ声になっていた。
「一週間よ・・たったの。毎日毎日出会っても七日間よ」
麻布の御令嬢は・・不当な扱いを受けた市民派のように小声で念を押す。同意するのが妥当だと左脳が指示する。
「そりや早ぎるなぁ・・一週間ぶっ続けで寝たのなら別だけどさ」とは言わなかった。
そりゃ早すぎるとだけ・・口に出した。彼女は舞台女優の様に派手に頷いた。
「で・・どうしたのさ」
聴きたいことを訊く。
彼女は直ぐには答えなかった。直答するのは礼儀に反するかのように・・口ごもった。僕はコーヒーを啜りながら・・黙って答えを待っていた。これだけ間を取れば・・はしたなさ・・は消えただろうと確信した御令嬢は薄い唇を開く。トルコ石のイヤリングが揺れている。
「私にはわからなかったわ」
「そりゃそうだろうな」
僕は彼女に感情移入したように呟いた。
「で返事をしてないのか」
根掘り葉掘り・・ポルシェボーイについて尋問されるのかと身構えた。ポルシェボーイの恋の行方を・・僕が握るのかとうんざりした事は確かだった。それは難し過ぎる課題だった。共通一次testより難関問題だった。
「姉と会わせたわ。どうしてか・わからなかったから・・パパに合わせる前に」
そういえば・・彼女の姉君はやり手のビジネスウーマンと聞いていた。
「姉は親身になって彼と長く話してくれたわ」
そうか・・で結論は既に出ていたのかと・内心僕は安堵した。その安堵感の隙間に付け入るように・・御令嬢は職業上の務めの様に・躊躇いがまるで無かった。
彼女は冷酷に結論をあっさり告げたのだ。癌告知する医者のように非情さと同情が混じりあった雰囲気だった。
「姉が言うのよ・・
彼は貴女を愛しているか・貴方の財産を愛しているか・分からないって」
富裕層なら・・当然その結論になるだろうなが第一印象だった。一週間で彼女を参らせても・・
最終的なこの難問は解けない。家と家との釣り合いになる。話になる。僕は彼の友達か弁護士になるか選択を迫られた。
御令嬢は馬主情報の時とは違う角度で・・懸命に僕の目を覗き込んでいる。一途の女性のあらわな気持ちを表していたのは・・事実だった。彼女は怯えている。もし財産狙いだったら・・もし財産目当てでなかったら・二つの結論の合間で酷く揺れている。
真実の愛を見逃してしまうのではないか・永遠のチャンスを逃すのではないかという・・切ない女性の想いが籠ってた。露わに滲んでいた。どちらに転んでも彼女は怯えていた。真剣勝負を掛けているな。裸になった女性は好きだ。赤裸々さが好きだ。シャネルを脱いだ彼女を初めて視ていた。重い口を僕は開いた。
「で・・君の気持はどうなんだろ」
「わからない」
彼女は反射的に怯えて答えた。
それが偽らぬ答えだっただろう。彼女に判らぬ事を僕が判る筈がない。
しかし何故・・ポルシェボーイは僕に打ち明けて相談をしなかつたのだろう。そんな秘密にしなくてはならなかったのか・・自分の結論は決めていたのか。僕まで二つの私見の間を彷徨う。
が・・
僕は彼の童心の恥じらいを悟った。彼奴はウブだったんだな。そういう結論に堕とした。しかしそりゃ・・暴走ってもんになる。とすると・・
「僕にもわからない」
と答える以外なかった。困惑しきったという表情と口調で回答を伝えた。誠意をもって。
御令嬢は僕に彼奴はそんな奴じゃないと・・懸命に訴えて欲しかったのだと推察出来る。何故なら僕に話す必要が全くない話だからだ。
しかし自分で決めなきゃならない話だし・・第一審は結論を出していた。二審も同じ結論を下そうとしている。その判決を僕に覆して欲しかったのだろう。
弁護士の立場は・・敗訴と分かってても・無実の主張をしなければならないが・・僕は彼の弁護士ではなかった。かと言って友達でもなかった。そうだな・・作家ぽい目で二人を観ていた。まだ一冊も書いていなかったが。
ただ僕の弁護がどうであれ・・ポルシェボーイの恋はS800の排気音と共に・既に消えてしまったのは判った。僕は気まずい沈黙を守る以外なかった。お嬢ちゃん・・自分で決めな。そしてそれを愉しんでいた。
僕と麻布のお嬢さんとは・・別れ話が片付いた恋人同士のように・その日は別れた。僕は同情の籠った目で彼女を見たが・・彼女は氷の目で・弁護を放棄した僕を見据えてから・それから左と右にすれ違いの様に分かれた。
以後も別れた夫婦が友達になった様に・・付き合った。
彼女は・・僕が結婚し子供が出来た頃も・ポルシェボーイが赴任先で金髪と結婚した時も・・
まだ独身だった。彼女の最終的な消息を聴いたのは・・温泉宿の女将になったアミ―ガからで・宿客になった時だった。御令嬢は年下の男と遂に結婚したと聞かされた。
どのぐらい年が開いていたのかな・相当年下だろうな・仮に金目当てだとしても無視出来る程・年令の開きがあったのか・恋があったのかと考えながら・・混浴風呂に相棒と浸かっていた。
2年程前に・・ポルシェボーイとドイツで会った際・彼女の話をして・まだ結婚を躊躇っていると話題にしたら・・彼は突然怒鳴った。
「まだそんな事を言ってるのか」
本気だったんだとその大声で気付いた。気付いたが手遅れだった。彼女の長い独身も彼が原因だったかも知れない。彼女も愛していたのかも知れない。初めての恋だったから・・よくわからず気付かなかったのかも知れない。
キューピットになりそこなったか・と湯船の中で反省材料が・・汗と共に額から滴り落ちる。
僕はあの時かなり意地悪だったのは認めよう。
左右に振れる振り子のような・・彼女の切ない心を調整すべきだったかも知れない。自分の財産の重みに引きずられる・・女心の悲しさを素気無く見捨てたのかも知れない。
あの時は・・僕が小悪魔になっていたのかも知れない。
大汗が出る努力を払って・・混浴風呂に浸かったにも拘らず・・女湯客は一人も遂に現れなかった。かなり小悪魔的だ・・混浴は・・・
( ^ω^)
One comment on “ポルシェボーイの恋②”
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ペルドン様、素敵な曲、紹介していただきありがとうございます。
エロエロかと思い、ドキドキしながら期待して開いたのですが、ほっこりキュンキュン系の曲ですね。
やっぱり、ご趣味がいいですね。現地で直接聴かれたんでしょうね。
ペルドンさんの短編「ポルシェボーイの恋」も素敵ないい雰囲気ですよ。
それこそ、バブル直前のとても明るかった時代、岩手県一関市出身の大滝詠一さんのA LONG VACATIONがスマッシュヒットしたとき、わたせせいぞうさんの「ハートカクテル」という明るい色彩のロマンチックなイラスト漫画が流行りました。それに似たテイストですね。時代的な影響受けてるかもしれませんよ。
時代劇、哲学、文学的な漫談がお得意かと思ったら、メランコリックなものも書かれるんですね。同時期的には喜多嶋隆のラジオ短編の脚本なみの雰囲気で面白かったですよ。
私にとってのポルシェといえば、ポルシェ914という、中古で100万以下で買えて、どんどん値段が下がって、一番安いのは三沢市のガソリンスタンドで14万とう価格で置いてあって、たまに買う子いたんですが、なぜかみんな一年経たずに手放す不思議な車がありました。オープンカーで見た目おしゃれだったんだけどなあ。
あたしゃ、下衆なとこありますので、ペルドン様紹介の曲見て、頭に浮かんだのは、Ricky MartinのShe Bangsでしたぜ。
https://www.youtube.com/watch?v=hxVQiaUwMKM
お客さんと一体感のあるLIVEっていいですね。
ただ、思ったより腰を振らないのは、職業的な腰痛あるのかな?
あと一体感といえば一昔前ですがPSY – GANGNAM STYLE @ Summer Stand Live Concert
https://www.youtube.com/watch?v=rX372ZwXOEM
観客の熱狂といえば、なんといっても有名なのはMichael Jackson です。
Live in Bucharest
https://www.youtube.com/watch?v=n2UCurvvt7Y
アメフトのハーフタイムショーもマイケル・ジャクソンが最高でした。
下北のねこさん
あの歌詞がいいでしょう・・原監督に捧げればピッタリ。原監督には逞しい男もデリシァデリシァの女性に見えるのでは・・
聴衆の女の子の拍子と歌う顔がいいでしょう・・あれが明るくて・笑っちゃう日本の追いかけっこの陰惨さとは・・根本的にちがう。
下北のねこさんに歌いましょうか・・手拍子で腰をふって下さい・!
御紹介の曲・・今夜じつくり聴きます。
ポルシェボーイの恋・・ねこさんに褒められたら嬉しいね。
②を実は散々書き直した。読む度。普通は一気通貫なんだけど・・次々と思い出してきて・・だからセンチメンタルぽい。手を加え過ぎたので・・お尻を削った。
それに比べて・・
「ノンタンの部屋」手直しは無い。案外人気があるらしい。小説はノンタンの部屋のドアを開いてから・・始まるモノだけど・・ドアを開けない短編も書いてみたかっただけさ。ただ十数年かけたけれどね。そんな何気ない短編あっても良いと思う。ストリーがないと言われるだろうが・・ストリーは時間さ。大人の童話。
どんな皿でも出せるシェフ・・そんな作家になりたいのさ。
その内・・
「下北のねこさんのミニの下は駱駝の股引」って短編書くかも知れない・・哲学的な・・・
短編集はレイアウトも最終ゲラも終わった。後は編集部の踏ん張り次第・・今月に出せればうれしいけれどさ。
売れたら奢るよ・・売れなかったら・・マックを奢ってくれ・・・
( ^ω^)それからお題を出しておいたよ( ^ω^)
Ricky MartinのShe Bangs・・確かにお尻の振り方が足りない。
腰の柔軟性に欠けている・・昨夜振り過ぎたかな・??
マイケル・ジャクソン・・キンカラキン機械仕掛けの王子様・・あの熱狂の中なら・・下北の猫さんのお尻を触っても・・誰も気が付かないだろう・・その利点はある・・・( ^ω^)