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The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2018/12/03 11:31  | コラム |  コメント(1)

ゴーン 会計の問題⑤

何故・・あのローマ帝国で複式簿記が生まれなかったのか・?
必要性が乏しかったからと言うのが・学者ソールの意見だ。

地中海を擁するローマ帝国では・・海運や貿易が発展したが・貿易実務の理論や制度は整備されていなかったし・借り入れについても質屋のような形式で行われ・信用という文化まで発展しなかった。
富とは・・宮殿の金銀財宝であり・投資して利益を生む資本とは見做されなかった。
そんな背景があり・・貿易が盛んに行われても・商業活動を分析・説明する経済学のような学問は・
遂に出現しなかった。

財務官の編成も・・時の皇帝の権益を反映・時代とともに変化していった。帝国の衰退と連れて・
公会計は皇帝の個人的監督下に置かれた。
歴史家ギボンに言わせると・・臣下は「頂戴するのは総て君主からの御褒美」であって・国から貰うのではないと教育された。
後代の皇帝は・・国富を神聖不可侵と見做し・コンスタンティヌス1世(在位324~37)の治世になると・財務長官に相当する役職は・専門知識を持つ高級官僚ではなく・貴族が務めるようになった。

476年西ローマ帝国が滅亡すると・・国家は個人的領土に変化した。当然会計監査等行われなかった。簒奪者達は・・自分は神にだけ仕えると称した。
それでもカトリック教会と男子修道会は・・基本的な会計と監査を通じて・土地や商品や支払いの管理を行っていた。
やがてフランク王国のカール大帝や東フランク王国のオットー大帝は・・富を活用・征服地の統治を強化する為・再び法の支配の確立を目指すようになる・・・
( ^ω^)

One comment on “ゴーン 会計の問題⑤
  1. おののののか より:
    難問 後講釈

    確かにローマ数字では会計的思考は無理だ。計算も奴隷がやっていたとあった。大帝国を築いたのだから公共財の意識は当然ある。GDP的概念もあってよさそうだが。しかしローマ帝政からはよくわからない君主政になったのだろうな。笑

    イスラムは商人・都会的でインドからゼロ数字を持ち込み、計算に便利なアラビア数字を使って会計計算に秀でていた。本当はゼロがなければ計算は始まらない。幾何学ではないのだし。これがイスラム商人からヴェネツィア・ジェノヴァ・フィレンツェなどの商人に伝わらなければ、複式簿記は無理だ。それに思考の好みもローマではプラトンが人気だったが、イスラムではアリストテレスだったのでは。ローマの様な大帝国を創ったわけだし、いかにも複式簿記が可能に見える。元と同じく為替的な機能もあったはずだ。だが何かが足りなかった。

    ゲルマンは封建制が得意だ。貨幣は多数だ。いくら神聖ローマ皇帝に戴冠されても、現実は分裂だ。封建制から英仏のように絶対王政に進化するしかない。独は遅れすぎた。北イタリアなどもっと分裂していた。だが西欧の貨幣経済化は進んでいた。ユダヤはカネ貸しで西欧でのネットワークを築いていた。ここでの多通貨両替・為替は発祥であり専売特許だ。両替では一つの取引に対科目が必要な気がする。机・バンコの上でお互いが解釈し合ったのでは。そのうちどんな取引でも対科目に飢えてくる。継続すると具合のいいことに会計科目が体系付けられ検算機能があることに気付いたのでは。笑 イスラムや元では統一されていて便利過ぎた。中国では元紙幣が信用できた。goldsmithの預り証のように、詐欺まがいの信用創造機能はなかったが。

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