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The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2018/05/18 08:03  | コラム |  コメント(1)

プラドの至宝ボス⑦

これでボスの説明は終わった。
が・終わらない謎も残されている。それは「快楽の園」ではなく・・持ち主の話になる。
持ち主はスペイン国王フィリップ2世。
当時最強国のスペイン帝国を率いるカトリックの守護神。異端審問所も支配している国王が・・何故・快楽の園を始めとするボスの大コレクターになったのか・?!
尽きせぬ謎が・・エル・エスコリアル宮殿に収められたままだ。

宮殿は・・マドリーの郊外50㌔程度離れたグアダラーマ山脈の麓にある。荘厳なエル・エスコリアル宮殿・・宮殿と言うより国王の墓所であり・信心深い国王の為の重厚な修道院でもあった。今は博物館を兼ねている。

何度も寄る機会はあったが・・何となく行きそびれていて・奥方に無理やりひっぱり込まれなければ・行かなかっただろう。僕が躊躇していたのは・・一目で違和感・異質感に囚われ・気軽に訪問できない雰囲気が漂っていた。

ここに聖遺物の殆どが収容されていると知ったのは・・ハビエルの説明からだ。トレドの大寺院等で・・僕は聖人であっても・・骨を観て有難いとは信心が奮い立たない一人だった。
しかし・・エル・エスコリアル宮殿に立ってみると・・何か重厚なオーラが立ち籠っている事は確かだ。持ち主の閉じ込められた精神を・・感じざるをえなかった。

ハビエルによると・・
王が愛好する秘蔵の聖人の骨は7422本。何十本の指骨。
骨に焼け焦げた皮膚が・付着した聖ラレンティウスの炭化した片足。
全身が揃った遺骨が12体。
40個以上の頭蓋骨。
イエスや聖母マリアの頭髪・!多数。
使徒ヤコブの片腕。
イエスが磔にされた十字架の破片。
キリストが被った棘の冠。

聖遺物の百貨店だった。この多量の聖遺物に・・エル・エスコリアル宮殿は守護されていたのだ。それを知っていたら・・奥方に反抗しても行かなかった事は確かだ。

痛風の末期症状に陥った国王は・・それらの聖遺物を・苦痛に苛まれる全身に置いた。キリストが被った棘の冠も被った。キリストの毛髪もマリアの毛髪も・・使徒ヤコブの片腕も。だが誰の骨を置いても奇跡は起きなかった。神秘的に包まれたにせよ・・国王の痛風を治癒させる薬力はなかった。苦痛を和らげる事も出来なかった。

聖遺物は・・キリスト教がローマの国教になり・熱狂的なキリスト信者である・・コンスタンチゥス大帝御母堂が・聖遺物を探し始めると・・多量の聖遺物がたちまち出現した。
材料はエルサレムの地面を掘り返すと・・無尽蔵にユダヤ人の遺物が出土した。旨い商売で・・この商売に教会も参加した。
欧州で立派な教会が建つと・・看板にする聖遺物が必要になった。

国王は自分の墓を兼ねた宮殿をここに建てさせていた。ここで静かに死にたがっていた。
1598年7月にマドリーの王宮から・・6日間かけて転居していた。聖遺物による奇跡による回復を願った国王の信仰は・・敗れた訳ではなかったが・何かを悟ったのだろう。
フィリップ2世は・・
「快楽の園」を寝室まで運ばせ・・部屋が狭くてこの絵を運び込むのは難儀だったから・続きの廊下・・散歩道と呼ばれる贅沢な廊下に置き・扉を開け・国王がベッドに横たわりながら・鑑賞出来るようにしたとも言われている。
兎に角フィリップ2世は・・「快楽の園」を見続け・9月13日死去するまで見続けた。

死期が間近になった国王を・・快楽の園の何が魅了させたのか・誰も知らない。国王も一言も漏らしていない。謎は謎のまま残っている。
得体の知れない絵画を国王の臨終の友・・付き添いにするのを・廷臣達も国王の世話を修道士達も・反対する者は居なかった。

フランドルは父王カール5世・カール大帝の領土だった。常に反抗的な揉め事を起こす領土で・・支配するのには強力な軍隊が必要だった。ここで結果的にスペインは大金と軍事力を浪費させた。
しかしボスやフランドル派絵画の大作を集める事は出来た。フイリッフ2世はこれらの絵画に魅了され・・憑き物に憑りつかれた様に買いそろえた。
快楽の園は・・1568年ネーデルラントで・プロテスタントのオラニエ公ウィレムから没収し・後に買い取ったとも言われる。
欧州随一のスペイン国王は・・最初からこの絵に熱狂し・入手を渇望していた。何かを知られていない何かを・・知っていた気配がする・・・
ハビエルもこの問に答えていない・・フィリップ2世はアダム派も信仰していたとは・・
少なくとも国王は二股かけていたに違いない・・右足はカトリックの天国・左足はアダム派の天国に・・・
( ^ω^)
( ^ω^)

One comment on “プラドの至宝ボス⑦
  1. おののののか より:
    親分

    親分もこの絵は、中世的で習俗的な絵だと言いましたが、フレンガーのような見方に興味は示したのですか。最近亡くなった親分も新興王朝の王子だったから是非、伺いたいものですね。あっけない王朝となってしまいましたが。笑

    親分の口癖は・・僕を百科事典代わりに使うな。自分で調べろだった。
    それでも機嫌がいいと・・端的に教えてくれた・・・
    ( ^ω^)

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