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The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2018/04/22 11:38  | コラム |  コメント(2)

明智光秀 駑馬の夢①

BREAKDOWN OF WILL・・ジョージ・エインズリー
難解極まりない著作と言われている。翻訳者も文が難解と匙を投げている。匙を投げられた文を読むと・・なる程・悪文と言える。BREAKDOWN OF WILLは・・最初にこの鉄条網の様な文章を・突破せねばならない。途中でWILLがBREAKDOWNする。

ソクラテスは平明な会話で哲学を説いた。貴方が如何に馬鹿であるか教えた。教えられた本人は烈火に怒った。怒った結論が・・毒ニンジンにまで辿り着いた。難解文で説けば・・人々は理解出来ず・毒ニンジンには到達しなかっただろう。

ページを開いた以上・・苦行と覚悟を決め・関所破りもせねばならない。つまり判断に苦しむ箇所は・・関所破りをする。裏道を行く。
「理趣経」を読む如しだ。
理趣経は・・更に高高度な技が要る難解の境地にあるそうだが・経文の言葉にひっかかっていては・立川真言になる。立川真言に陥らない為には・・
エインズリーが説く
「知性とは想像力だ」
が鍵になる。

知性とは想像力なら・・想像力とは知性になる。
逆も真なのか・・一呼吸の熟慮が要るように思える。エインズリーは戒めも述べるが・・この考え方・捉え方はやはり新鮮だ。

さて仰天。
東京オリンピックに合わせたNHK大河ドラマが・・明智光秀・!!
その題名も「麒麟がくる」

辞典・・
麒麟・普段の性質は非常に穏やかで優しく、足元の虫や植物を踏むことさえ恐れる程・殺生を嫌う。神聖な幻の動物と考えられており、千年を生き、その鳴声は音階に一致、歩いた跡は正確な円になり、曲がる時は直角に曲がる。
一日千里を駆ける駿馬。
天才少年を麒麟児と呼ぶ。

「騏驎も老いては駑馬に劣る」
この諺もある。

報道によれば・・
制作サイドも「混乱する社会の中、希望を失わず未来を築こうとした人。勝者より敗者の視点を持っていたので、先行き不透明な現代人の共感を呼ぶと思う」
と、魅力ある人物として光秀を描くことを明かした。

これがNHK製作者の想像力であり・・知性になる・あるとすれば。
奥方に念の為・・尋ねてみた。
彼女は一読・・
「最近NHKは頭がおかしいから」
と切って捨てた。

全国で唯一光秀を祭る珍しい御霊神社が福知山市にある・・不思議だと海音寺潮五郎が書いていた記憶がある。不思議と海音寺が首をかしげる程度の武将だった。光秀に後れを取った立花宗茂ファンの歯ぎしりが・・聞こえてくる。

御霊神社の由来
光秀が亡くなって100年後の1705年に明智光秀の霊を合祀して御霊神社と称されるようになります。
なぜ亡くなって100年経ってから光秀の霊が合わせ祀られたのかというと、福知山ではたびたび地震・火災・洪水などの天変地異起こったそうで、「これは冤罪で非業の死を遂げた光秀の霊魂が祟っている」として天変地異を抑えるために合祀されたそうです。

領主の朽木家は・・福知山藩主になると同時に・明智光秀が命名した福智山から「智」を取り・・「知」に代えた程だから・好意的でなかった事は確かだ。

善政を光秀が敷き・・領民に慕われたからとの伝承があるが・・百年後突然思い出すのも腑に落ちない。藩主で善政を敷いた有馬家の場合・・領民が多数・移封先の久留米まで付いて行った程だから・・猶更百年後の記憶復活は奇妙奇天烈となる。
それに福智山を有能に収めたのは・・娘婿の明智左馬之助で・・本来は御霊神社に
まつるべきは・左馬之助だろう。加藤廣が「明智左馬助の恋 」を書いている程だ。

有能な武将としても勇猛果敢・・武将らしい武将だった。光秀が謀反を考えた時・・
まず左馬之助に相談した。
「殿の上(信長)様へのお恨みはさもありなんと思います。
しかし気持ちを穏やかにお持ち頂ければ、遺恨も無くなりましょう。
都に近い丹波と、近江の坂本を拝領なされ、上様からは過分の取り立てを受け、冥加にかなうところでございます。
少しの恨みを思い捨てないで逆心を抱けば、天命の尽きる事明白です。
どうか思いとどまり下さい」

備前老人物語の逸話に諌めたとある。だが・・どうしても謀反したかった光秀は・・他の重臣・斎藤利三他四名に打ち明けた。四名とも反対だった。これでは軍を動かせない。光秀は翻意・・左馬之助を呼び話した。左馬之助は激怒した。

「それがし1人の口なら如何様にもなりましょう。
ですが年寄4人に打ち明けたとなれば、その口を止めるのは難しくございます。
殿が上様を恨まれるように、かの年寄らがもしも殿をお恨みに申す事ができた時、天罰は逃れられません。
それが是であれ非であれ、思い通りに事をなしましょう。
明日に移せば一大事になりましょう」と告げた。
秀満はこれほどの秘密を年寄にまで漏らした光秀の軽率がいずれ信長にも知られて禍になるから立ち上がるしかないと述べたのである。
なお、同書ではこの話は事変の前日に行なわれ、秀満が決起の手立てを定め、光秀は秀満に背中を押される形で本能寺襲撃を決意したと伝わっている」

勿論・・これは民間資料の一つに過ぎない。過ぎないが・・武士の常識だったとしても・・可笑しくない。
だとすると・・「混乱する社会の中、希望を失わず未来を築こうとした人。勝者より敗者の視点を持っていたので、先行き不透明な現代人の共感を呼ぶと思う」

NHK製作者の考えとは・・相容れぬ人物像が浮かんでくる・・・
( ^ω^)・(笑

2 comments on “明智光秀 駑馬の夢①
  1. みんみん より:
    おっしゃる通りだと思います

    光秀は疲れ果てて判断力を失っていて謀反に至ったと思うのです。天下が十日で終わったのもそれ故だと思います。

    みんみんさん
    疲れ果てると判断力を失います。それは確か。注意深く睡眠を取りましょう。12時に目を閉じると・・価値があります。
    光秀は眠れず・・一大事を為してしまった・・・
    ( ^ω^)・(笑

  2. OnsidekickRecover より:
    当直明け

    当直で救急がバンバン着て一睡もできす、それにも関わらず
    次の日通常勤務をすると、どのようなことが起こるか。
    私は、深夜起こされると動悸が治まらなくなり
    40歳を機にそのような生活から逃避しました。
    今ではすっかり健康を取り戻しております。

    OnsidekickRecover さん
    54才・・眠れなくなれば・みんみんさんの指摘のように・・冷静な判断が出来なくなる。
    漢方薬・・効かなかったのか・・
    光秀が挙動不審になれば・・左馬之助がいるのだから・・何らかの手をうてたと思うけれど・・・
    ( ^ω^)

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