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The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2018/02/12 13:00  | コラム |  コメント(2)

ベラスケス寸描①

僕が・・初めてベラスケスと・・プラドで出会ったのは・・ゴヤとの初対面を済ませた後で・・ゴヤの晴れやかな現代風のキラキラ輝く才人の世界から・・解放されないまま・・ベラスケスと出会ってしまった不運さにあった。
あったが・・
万事控えめが天性の天才画家は・・見る目があれば・・判る人にはわかると・・自分の天分を実に控えめに・・そして巧妙極まりなく・・キャンバス地に塗り込んでいた。隠していた。絵画の知識が乏しい・・生意気盛りで眼がくらんだ若者が・・それを理解出来る筈がない。

ディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケス・・
Diego Rodríguez de Silva y Velázquez・・という長い名があり・・画才と比例していた。1599年6月6日(洗礼日) – 1660年8月6日・・61歳・アルカサル宮殿で死去したが・・君主フィリップ四世の唯一の功績は・・ベラスケスを見出したことだと辛辣に言われた。君主はその悪口を聞いたとしても・・立腹せず・・その通りだと嘯いただろう。

マネが・・
「画家の中の画家」と呼んだ・・
「これまでにない偉大な画家」とボードレールにマネが書いたベラスケス。
「悲惨な旅で・・くたくたになっても・・見にくる価値がある」

コレラが大流行している最中・・物とせず・・マドリまで辿り着いた旅でのマネの結論・・
「この絵は・・これまで描かれた絵の中で・・最も驚くべき絵だ。背景は消滅している。人物を包み込んでいるのは空気だ」
実に地味な宮廷役者像を観た・・マネは・・歯ぎしりするように述べている。

バロック期のスペインの画家。
スペイン絵画の黄金時代17世紀を代表する巨匠であり・・今日なお高い評価を得ている不動のベラスケス。魔法の鏡を駆使するベラスケス。
だが・・
ベラスケスにはそれだけの評価では・・不本意・・到底・・満足しなかっただろう。
彼は・・宮廷画家だけでなく・・官位としても最高の地位・名誉である王宮配室官にまで登り詰め・・サン・チャッゴ騎士団騎士になった貴族・宮廷人の存在を・・忘れないでくれと念を押す。

今になれば・・ベラスケスの絵画・世界を理解するのは・・ベルグソンの哲学が適切と分かる。
ベルグソンは・・物体を認識する方法二つあると主張した。
⑴分析
⑵直観
分析とは・・
その周辺を歩き回り・・異なった観点から観て・・外面的に知る。
直観とは・・
その内部に入り込む事を意味し・・この知識は「絶対的」である。
( ^ω^)・・・(笑

2 comments on “ベラスケス寸描①
  1. おののののか より:
    ついに出ました

    ゴヤに次いで、最大の大物登場。
    フェルメールと同じく、鏡の入れ子構造を使うし、意地悪なくらい本質の表情を出してしまうが、描かれた方も本質に気付かないにしても、そのものだから文句は言えないし、喜んでいたかもしれないな。笑 ダヴィンチ以来の表情描写。ここでまたミケランジェロの絵の悪口を言いたくなる。笑

    このころの鏡は今と違って磨き鏡なのかな。そしてフーコーの近代の始まりという分析が有名だが、イマイチピンと来ないし、レヴェルが高いので解説してほしい。鏡が上等でなかったら、ハプスブルグでなかったら、スペイン・フランドル絵画はここまで達していなかったのか・・・。

    多分・・ベラスケスは画家としてよりも・・貴族にまでなった宮廷人ベラスケスを・・評価してくれと言うだろうな・・・
    ( ^ω^)・・・(笑

  2. おののののか より:
    その頃

    生きている人にとっては、フーコーも近代も、大英帝国も存在しない。欧州にあった帝国はハプスブルグだから、仰る通リだ。自覚しているわけではなく、たまたま鏡を使った構図が流行っていた、とかいうのが歴史の事実なんでしょうね。

    でも後世の人間は、ぺルドンさんだってベルグソン哲学で理解するとか言っている。ベルグソンなんて私にはフーコーより超難解ですよ。伝統哲学の流れから外れていて取っ付きにくく無視されることもある。分析・直観とかいきなり普通の事を言われても却って解り難い。笑 
    直観は超越に比べ・・ちょっとなー。まだ現象学の方が良いのでは。同じ科学の時代の哲学だったら、マッハの方が相応しいのでは。アインシュタインはそこから光速不変の原則で、新境地を開いた。

    ただ・・もしかしたらベルグソンは今話題の、脳の働きに関する事に相性いいのでは。テレビを見ましたが海馬・歯状回で記憶は電気信号としては捉えられている。領野も特定はされた。しかしまだそこまでなのでは。記憶に限らず、最小単位の物理的信号は皆、電気信号で、デジタルかアナログかもわからない。脳波としても捉えられる。それが上位概念にどう組成されていくのか。ぺルドンさんの言っていたような画像的なゲシュタルトのようなモノにまで変換できるか。そしてその伝送と再生。人文系の援用も・・・。

    脳に電極を繋ぎ・・センサーを繋ぎ・・ディスプレーに映像が流れれば・・大万歳だろうけれど・・そうは問屋を下ろさないのでは・・
    絵画は・・異質の哲学で説明すると・・案外簡単に解けると思いますよ・・( ^ω^)・・・(笑

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