ブログ記者によるオンライン新聞 グッチーポスト

The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2017/08/08 11:41  | コラム |  コメント(0)

何気なく手に取った本⑤

「嫉妬にさいなまれた時」
文学治療師は・・この病気を手際よく説明してくれる。

「嫉妬にさいなまれている人は・・そうでない人よりも・・自分の愛するものを・・失う公算が高いことをよく自覚した方がいい。幸運にも・・嫉妬は総て・・自ら招くものであり・・招いた本人を消し去る力も持っているはずだ」

『君は女に惚れた事があるのかね』
絵描きのマエストロが・・絵画だけでなく・・僕の人生の師匠・親分が・・口頭試問を受ける受験生のように・・神妙に座っている僕に訊ねた。ベテランの試験官のように・・声は穏やかだった。幾分揶揄いの口調が・・調味料のように混じっていたにしても。

本来ならば・・画家という単語を使いたいのだが・・親分は自分を画家と自称した事は・・一度もなかったし・・ベラスケスやゴヤも画家ではなく・・全員絵描きと称した。親分の頭中には・・歴然とした区分けがされていたのだろう。
黒田藩家老と足軽では身分だけではなく・・認識にも峻別の区分けが・・間にあったのだろう。

ゴヤ通りに面したモダンなカフェテリアで・・夕食時と言っても九時過ぎを過ぎていた。これはスペイン人にとっては・・早い夕食になる。十時過ぎが適切な夕食時だった。グランドフロワーも食事や軽食・喫茶が楽しめたが・・地下一階が心地よいレストランになっていた。

マエストロとゴヤ通りで食事を取る際は・・大抵このカフェテリアに落ち着いた。と言うのも・・親分の住まいと僕の部屋との・・ほぼ中間点が此処だったからだ。
最も頻繁に愛用したレストランは・・グランビアの裏通りにある中華料理店だった。そこは・・シベレス噴水を抱えた広場に面する・・陸軍省裏手にあった。ロエベ本店のすぐ近くでもあった。

『君は女に惚れた事があるのかね』
マエストロはもう一度同じ事を尋ねた。僕がガスバーチョ・・夏の野菜スープをかき混ぜている振りに・・師匠は気付いていた。
『ありますよ』
思い出したくなかったので・・素知らぬ顔で答えながら・・スープを一口口に運んだ。夏の香りがする。でもあの別れの時は春だったな。マエストロは固いパンを引きちぎり・・オリーブオイルに浸しながら・・
『どれ位惚れたのかね』
と追い打ちをかけて来た。それは難問だった。ガスバーチョをかき混ぜながら・・一思案だ。一年経っても忘れられません・・
こんな答えでは余りにも青臭いではないか・・僕はニンジン色のスープを丁寧にかき混ぜる。
『畳に若い女がのの字を書くと言うが・・君はスープにのの字を書くのか』
マエストロの尋問が始まった。これは口頭試問ではなく・・尋問だった。これが始まると逃れられない。

『惚れた女がいて」
と言って・・マエストロは一瞥を僕をくれた。
「浮気してるんじゃないかと疑って・・庭に隠れて見張っていたら・・警官に捕まった。そんな経験あるか」
僕はスープをかき混ぜるのをやめた。マエストロの鋭い眼光が僕を捉えて離さない。
「釈放されるまで・・黙秘を続けた事があるかね」
僕は黙秘を続けていた。ガスバーチョを自動的に掻きまわし始めた。
『惚れた女が・・』
マエストロは・・実験動物を調べる様に僕を見つめている。
『男を連れ込んでも・・頃合いを観て・・おしぼりをそっと襖から・・差し入れた事はあるかな』
正直・・会話は・・僕には理解を越えた未経験の分野に入り込んでいた。
『ありません。
 しかし・・その女性どうなりましたか』
僕は結論を急に知りたくなった。これに関心が生まれた。判る範囲はワープしたかった。マエストロの興味は・・運ばれてきたビフテキに・・焦点が移っていた。その所為か・・実に素っ気ない解答が戻って来ただけだった。
『気が狂った』
僕は解答を得て・・ガスバーチョを静かに飲み始めた。コールドスープだから・・最初から冷えていた。冷えていたが・・僕は擂ったキュウリをスープに足した。しかし与えられた解答を・・解きほぐすのは難解だった。今でも手探り程度しか分からない。

翌朝・・手足をベットの中で延ばしながら・・昨夜のマエストロとの会話を思い出していた。心の底にへばりついていたヘドロの想いが・・薄められている。マエストロが・・さり気無く・・解毒薬を飲ましてくれたと分かった。
ただ・・ガスバーチョを注文する度に・・師匠とのこの会話を思い出す。とっかかり記憶が生まれていた・・・

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