ブログ記者によるオンライン新聞 グッチーポスト

The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2017/07/16 09:50  | コラム |  コメント(0)

気まぐれ半十郎⑧

半十郎は二十石船に乗り・・緩やかに正木藩に向かっていた。岩場は少なく・・流れも穏やかで心地よかった。よかったが・・正木藩で半十郎を待ち受けているのは・・逆巻く激流だろう・・と見当はつけていた。
藩は・・塩見大善家老が牛耳っていて・・好き勝手し放題かのように観えるが・・陰で反大善派が蠢いている。しかもこの派は狡猾で・・草叢に身を忍ばせているが・・狼のように牙を研いでいる・・平然と使う。

梅干半十郎と西郷慎太郎・・この二本の牙を効果的に使った。大善派を殺めるのに躊躇しない。目付が加わっているのは確かだから・・相当な力が動いている。
だが・・と旗本の次男坊は・・考えを走らせる。これだけ藩が振動しているのに・・幕府は見て見ない振りをしておれるのだろうか・・それが気になる処だ。とっくに隠密が入り込み・・具に調べ上げているのでは・・とすると・・お家の取り潰しもあり得る。正木藩がどの幕閣と結ばれ・・抑えきれているのか・・それも気にもなった。

半十郎は・・包みから昨日の金龍餅を取り出し・・齧りながら頭を捻った。餅は少し硬くなっていたが・・美味さには変わりなかった。竹筒の冷えた茶が滅法旨い。わざわざ婆さんの茶店によって・・井戸水で冷やした茶を・・詰めて貰った甲斐がある。
「御代は要らない」
婆さんは無愛想に言った。それが愛想と江戸者には通じていた。
川面から小粋な官笠を小風が揺らす。半十郎の心はもっと揺れていた。
一時足らずで・・船は正木藩の船場に着いた。見上げると天守閣が小奇麗に・・入道雲の空に映えていた。長い堤が川に沿って続き・・長い竹やぶが寄り添っている。半十郎は梅干しから教えられた・・堤沿いの大店の合間にある宿に入った。
二階の部屋からは・・大川が一望でき・・小さな城下町のように見える・・廓が観得た。

まず用を済まさねば・・覗くのはそれからよと・・半十郎は郡奉行所の所在を宿の者に聞いた。城下になかった。町外にある・・半里余はあるからと・・籠を薦められた。この真夏の下を半里余り・・歩く気は起きなかった。
竹籠に半十郎は揺すられながら・・夏の日差しの中を・・郡奉行所に向かった。

小さな丘の上に・・郡奉行所はあった。抜け目なく周りは百姓家で囲まれている。こりゃ砦だな。半十郎は長屋門を潜っていく。
看板も門番もいない。大きな構えの風格がある茅葺がある。
半十郎は
「物申す」と大声を玄関で上げた。現れた小者に姓名を名乗り・・奉行の田殿とお目見えしたいと申し入れた。
「どんな野郎だか知んねぇけどよ・・大した玉だろうよ」
半十郎は汗を懐紙で拭いながら・・ぶつぶつ溢した。

直ぐに奥間に通された。冷えたお茶が運ばれてくる。麦茶だったが・・美味い井戸水を用いているのだろう・・炒った麦の香ばしさが嬉しかった。
正面の床の間を見ると掛け軸がさがっている。
掛け軸は・・「徳川家・・頼宜」の書だった。この奉行の背景はこれかと・・半十郎は見当がつけた。と同時に・・こんな辺鄙な土地でさえ・・三河以来の因縁があるのかと可笑しくなった。
「お待たせ申した」
爽やかな声と同時に奉行が座った。一瞥して清々しい男だと感じた。眼に笑いを含んでいた。江戸城中ですれ違っても・・何の違和も感じられない侍だった。

「紀州様とは何かお関りあるのか」
「頼宜様の手習いでござるよ。よく出来たと頼宜様が自慢され・・先祖が貰いうけ・・我が家の家宝になっており申す」
奉行は爽やかに笑った。
「牧野殿とは三河以来・・何処かで先祖同士・・顔見知り・・絡み合っていたかも・・知れませんぞ」
「既に絡み合っており申す」
半十郎は・・懐から預かった胴巻きを前に置いた。
「二十七両。梅干半十郎から・・田殿へと預かりいたした。九鬼藩での賭博場で・・転がり込んだ不浄の金子。百姓衆に遣って欲しいととの伝言でござる」

奉行は腕を組んだ。
「はてさて・・どうしたら・・良いものか」
涼やかに笑った。
「この金子は欲しい。欲しいが受け取ると・・梅干半十郎と関りがあるとなる。大善殿が欲しくて堪らぬこの首を」
奉行は自分の首を・・軽く叩いた。
「進呈する羽目になる」

半十郎は脇差の鍔を素早く鳴らした。心地よい鋼の音色がする。
「金打いたした。当節大した約定にはなり申さぬが・・生憎と・・八咫烏の誓紙持ち合わせがなく・・」
田奉行は小気味良さそうに高笑いをした。
「金打とは・・その音を聞いたのは・・幼い頃以来でござる」
小者が大きな土瓶を運び入れ・・麦茶を注いでくれる。
「旨い麦茶でござるな・・水も名水でござろう」
半十郎は・・遠慮なく麦茶を飲み干した。籠とは言え・・お日様に焙られた体は・・底なしの井戸のように思えた。

「どんな名水であっても・・水だけが我らの藩では・・無料と謳われており申す。当節では・・他藩からの縁組さえ・・疎遠になっておる有様・・赤面の限り」
「奉行殿に是非ともお聞きしたい。このままでは領民も・・一揆に走るのは必定・・座して待たれるのか」
奉行は半十郎を諌めるように言った。
「何事にも時が要り申す」
「漏刻の水はただでも・・刻はただではござらん。それにこのような農民への苛烈な政・・江戸が知らぬ筈がない」
奉行は揶揄うように口を開いた。
「既に幕閣の耳には入っておる。探索方も城下に入り・・十二分に調べ済み」
半十郎は旗本陣営だが・・急にこの藩が案じられてきた。
「そこまで承知されていて・・隠密を捨て置かれるのでござるか」
「捨て置くも何も・・あちらから尋ねてき申した。探索に間違いがないかと・・厚かましく帳簿を出し・・念を押してきよったわ」
「調べられた内情は・・」
「間違いなかった。身共が知っている事・・全て残らず網羅されておった」
「ではお取り潰しか」
「いや・・殿中での政の駆け引きでござるよ。潰されたくなかったら・・そのようにいたせよとの御内示じゃ」

やはり藩を秘密裏に家老し・・幕閣と取引をしていたのだ。
「残された刻はまだある。一網打尽にせねばならん」
奉行は・・自信を冷酷な言葉で述べた・・・・

コメントを残す

* が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

いただいたコメントは、チェックしたのち公開されますので、すぐには表示されません。
ご了承のうえ、ご利用ください。