ブログ記者によるオンライン新聞 グッチーポスト

The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2010/08/13 19:22  | 言いたい放題 |  コメント(4)

知識と知性

 生来軽薄で楽天的なこともあって、高校生のころによく見たアメリカ映画に出てくるアメリカの大学のキャンパスライフに憧れ、幸い当時の会社の留学生制度に応じて首尾よく留学するというチャンスに恵まれた。
 40年以上も前の話だから、MBAなんて言葉も知らずにMBAを目指したのだから「聞くと見るとは大違い」で、こんな苦しい勉強をしなければならないなんて、人生で最悪の選択をしてしまったと青くなったものである。

あのまま2年留学したとしてもまずMBAは取れなかっただろう。アサインメントと称する膨大なテキストを渡され、講義は読んだことを前提に議論する形だから、ろくろく読めもしない身としては拷問と同じ。毎回当てられませんようにと祈るしかない。
 だいいち当てられたとしても、読めていないのだから質問は聞き取れても、何を言っているか、何を聞いているかも不明だし、正直滅茶苦茶落ち込んでしまった。後になってシングア ソング ライターとして「シクラメンのかほり」などを作った小椋佳がまだただの学生として隣の部屋にいたが、あの大秀才でも「参った」とぼやいていたほどだから、いまでも時折夢に見てはうなされている。

 幸い会社から業務多忙につき悪いけど一年で帰って来てくれと言われ、あの時ほど救われた気持ちになったことはない。
 もっともその後MBAが知られるようになるにつけ、MBAが欲しかったと思うこともあるが、まあ人生ってそんなにうまくいくものでもなし、一年間だけでもアメリカ大学の講義に触れることが出来たのは何よりの経験だし、何よりもディベートの大切さがよく理解出来た。一方的に教えられるばかりでなく、それについて考えるという癖がついたのは収穫だったと言えるだろう。

 日本の大学の講義に較べると大きな違いは授業が賑やか、つまり学生がよく質問したり答えたりしていることだった。
 その日本の教育がここに来て曲がり角に立たされているのは当然だろう。
大学生の就職率が低いと騒がれているが、それならまず日本の教育制度や内容も大きく変えなければならないだろう。

マイケル サンデル教授
 車中に持ち込むのに手軽だからと、つい手許の学士会会報を持ち新幹線で読んでいたら、いま学生たちの間でベストセラーになっている「これから「正義」の話をしよう」(マイケル サンデル著)が取り上げられていた。早速買って帰りの車中で読み始めたら、これが面白いのなんの、政治哲学の類の本だが思わず知らずアメリカの大学の講義に参加しているような気分になった。

 日本で盛んな小さな正義や正論に疑義を覚えていることもあって、正義とは何かを具体的に説明していくサンデル、そしてそれに積極的に参加しているであろう学生とのやりとりが目に浮かんでくるようだ。

 後で知ったのだが既にNHKでその授業風景が放映されているし、8月25日には日本でも東大の安田講堂で実際に講義が行われる。単なる知識を集めるばかりではなく、その知識を知性に変えていく、これがいまの日本に最も必要なのだろう。ハーバードの学生は幸せ者だ。

4 comments on “知識と知性
  1. ぺルドン より:
    知と知

    あちらの学校に・・お邪魔した時・・命題が出た・・
    What do you live for?
    英語で構わない・・と言われた・・

    頭を抱えて・・下宿に戻る・・
    隣人は若いアメリカ人作家・・当然相談する。彼のパトロンである・・ヤンキーガールに・・枕絵を見せびらかしている間に・・タイプライターで・・長文を叩き出してくれた・・
    翌日教授から褒められる・・
    だが
    むやみに凝った文で・・難解単語が・・綺羅星・・多分ギリシャ語もラテン語も・・

    内容を読み取れなかった・・
    だから
    何の為に自分は生きているのか・?・・
    分からなかった・・
    今でも・・分からない・・
    多分
    気にしなくていいのだろう・・同じ質問をぶつけられたら・・ニキビ面の当時と同じ・・頭を抱え込む・・事になる・・
    ただ
    知識は・・どんなに敲いても・・磨いても・・知性にはならない・・と言う事は・・分かる・・年齢になったのは確かだ・・・

  2. st より:
    知性とは

    父は「学校の成績が良くても、その知識を応用出来ないと駄目なんだ」と、知性とは知識の応用なのかなあ。

  3. かざしも より:
    白熱教室

    一度だけNHKの放送を見る機会があり、なかなか活気があって好いと感じました。日本人だって昔は白熱どころか、刀を抜かんばかりの殺気の中で議論をしていたのだから、それなりに素質はありそうですが。
    何故、生還したミニョネットの船員は多くの人へ惨憺たる思いを、海の藻屑と消えたタイタニックの楽団は感動を与えるのか?この現象は正義と無関係なのか?船員に国家元首が含まれていたら罪の重さは同じなのか?次々と疑問が湧きます。取り敢えず、本を買って読め、と言われそうですが。

  4. ぺルドン より:
    知と知・・続

    知識は砥石・・
    知性を研ぐ・・

コメントを残す

* が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

いただいたコメントは、チェックしたのち公開されますので、すぐには表示されません。
ご了承のうえ、ご利用ください。