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2017/04/10 00:00  | 米国 |  コメント(4)

トランプ政権のシリア攻撃


​■ トランプ政権、シリアにミサイル攻撃 ロシアは侵略行為と非難(4月6日付ロイター)

ヨルダンとの首脳会談後にシリアの化学兵器使用を非難した翌日、米中首脳会談が行われている最中で実行された、突然のシリア攻撃。

トランプ政権は、発足早々の1月29日にイエメンに軍事介入しており(施政方針演説で現れた民間人女性はこの作戦で戦死した海軍特殊部隊の指揮官の未亡人)、初めての軍事行動ではありません。

それでも、今回のシリア攻撃は、ロシアを含む関係国の重要性、タイミングという意味で、はるかに強いインパクトを与えています。

今回の攻撃は、トランプ政権を分析する上で大いに示唆に富みます。注目すべきは以下の3点です。

●柔軟性

今回のシリア攻撃は、以下の点においてトランプが方針を転換したことを示しています。

第一に、トランプ自身は、2013年にツイッターで、当時のオバマ大統領に対して「シリアを攻撃してはならない」と呼びかけ、シリア攻撃に明確に反対していました。したがって、トランプ個人の過去の立場とは明らかに整合しません。

第二に、アサド政権への攻撃は、アサド政権を擁護するロシアの方針と真っ向からぶつかります。したがって、大統領選から始まり政権発足後まで続いている、トランプの親ロシア路線と整合しません。

おそらくクレムリンゲートの呪縛から逃れるための第一歩なのでしょう。そうすると、これを機に、ロシアからの脱却という方向に一気に舵を切るのかもしれません。

第三に、今回の攻撃は人道上の理由によるものであり、米国の経済・安全保障上の利益の保護を理由とするものではありません。したがって、「アメリカ・ファースト」の理念から外れています。

これらの方針転換は、トランプの融通無碍なキャラクターを反映したものといえるでしょう。

もともとトランプは地頭がよく、状況や人間の心理を読む点においては天才的なセンスがあり、機を見て立場を変える柔軟性をもっていることは、かねてから指摘されていました。

ただ、政治外交、あるいはマクロ経済に関しては、圧倒的に知識が足りない。また、人の話を聞かない。それだけに、トランプは本当に変わるのか、成長するのか、という不安もありました。

今回、これだけ大きな方針転換をやってのけたこと、しかも、次に述べるように、おそらく外交安保のプロフェッショナルの提言に基づいて実行したことは、トランプに学習能力があることを示したといえます。

一方で、この柔軟性は、予測不能というリスクを顕在化させたともいえます。

●迅速性

今回の攻撃は、シリアの化学兵器使用が問題とされた翌日に行われました。

直前にサウジ、エジプト、ヨルダンという中東の重要国と相次いで会談が行われており、一連の流れがあったとはいえ、この迅速な意思決定は驚嘆に値します。

背景には、トランプ自身の決断力に加え、NSCとマティス国防長官を中核とするチームが固まったことがあるでしょう。

トランプ政権では、

(1)スティーブ・バノン首席戦略官兼大統領上級顧問、マイケル・フリン前大統領補佐官、ピーター・ナヴァロNTC委員長ら反エスタブリッシュメント組

(2)HRマクマスター大統領補佐官、ジェームズ・マティス国防長官、ゲーリー・コーンNEC委員長らプロフェッショナル組

の主導権争いが続いており、

これにトランプから最大の信頼を得ている

(3)ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問、イヴァンカ・トランプ大統領補佐官というトランプ一族が絡む

という構図が形成されていました。

それが、この数週間で、フリンが退場し、バノンがNSCから排除され、ナヴァロが影響力を失い、急速にプロフェッショナル組が勢いを増しつつあります。

最近注目すべき動きは、ディナ・パウエル大統領次席補佐官の起用。エジプト系米国人で実務経験豊富、元GSというコーンの人脈に連なり、イヴァンカとも仲が良いというパウエルは、おそらくクシュナー・イヴァンカという最も鍵を握る人物をプロ組に引き寄せる上で、大きな力を発揮したとみられます。

また、マクマスターとマティスのコンビは、人格、識見、指導力いずれの面においても歴代の安保担当高官の中で屈指の安定感を誇り、トランプの信頼も勝ち得ているとみられます。

こうしたパワーゲームが展開される中で、中東戦略は、マクマスター、パウエル、マティス、そしてクシュナーの連携によってマネージされる体制が組み上がったとみられます。

今回のシリア攻撃の迅速性は、このチームの完成度によって実現したのでしょう。

ロシアとの関係では、マクマスター、マティスに加え、NSCロシア担当上級部長に就任したフィオナ・ヒル『プーチンの世界』の著者)、ロシア大使に指名されたジョン・ハンツマンと強硬派が占める布陣が固まりつつあり、これも影響していると考えられます。

一方で、この迅速性は、軽率な行動につながり、中長期的な観点からの合理的判断を欠くリスクもはらんでいます。

この点で懸念されるのは国務省の存在感のなさ。高官人事は進まず、予算教書では予算削減。もともと国務省の官僚には、入国制限に反旗を翻したことから分かるとおり、反トランプの人々が多く、士気の低下が懸念されています。

また、情報機関との深刻な対立も続いています。中長期的な観点から外交を展開する上で、国務省と情報機関が欠けることは大きなネックとなります。

ここで思い出されるのは、ジョージ・W・ブッシュ政権のイラク戦争。このときも、NSCとペンタゴンのネオコン、チェイニーやラムズフェルドらジャクソニアン・タイプのリーダーが国務省の地域専門家をないがしろにして突き進むという構図になっていました。

大胆でスピード感ある決定は実現しましたが、中長期的な観点からは、米国は重い課題を背負うことになってしまったわけです。

●政策の合理性

今回の攻撃がどのような効果を生むのかという政策の合理性については、判断が難しいです。

まず、シリア問題の解決に直接役立つものではありません。攻撃はおそらく今回の一撃で終わりでしょうし、これでアサド政権が後退するわけではありません。

今回の攻撃の最大の目的は、米国は本気になったら攻撃するという、介入の意思と決断力を示すことにあったのでしょう。

ここで念頭に置かれているのは、シリアだけではなく、ロシア、北朝鮮、イランといった潜在的脅威国が含まれます。特に米中首脳会談の最中に行ったのは、習近平と金正恩に対する威嚇であったことは間違いないでしょう。

長くなりましたが、結局、良い面と悪い面があるとして、全体としてどうかといえば、私個人としては、今回の攻撃はポジティブな解釈ができると思います。

まず柔軟性では、トランプが良い方向に変わっていく可能性が見えました。

次に迅速性では、ブッシュ政権を引き合いに出しましたが、このときと異なるのは、今のNSCとマティスのチームの安定感は、ブッシュの時代のネオコンとチェイニー・ラムズフェルドとは比較にならないほど優れていることです。

マクマスターは、マティスと連携しつつ、NSCを(軍のマイクロマネジメントではなく)外交戦略を練る場として強化しようとしており、この二人は国務省をないがしろにするタイプではないとみられます。

最後に政策の合理性では、シリア攻撃は、米国議会では共和党・民主党いずれの議員もこれを高く評価しています。欧州の支持も得られており、かねてよりアサド政権と対立していたトルコとサウジももちろん支持しています。

もちろん、クレムリンゲートから目をそらさせるといういつものトランプの振る舞いも見えますし、その意味では相変わらずバノンの影が見えるともいえます。

バノンの影響力低下を指摘する声もありますが、もともとバノンは、「米国を偉大にしたい」というトランプの抽象的な正義論に思想と理論のバックボーンを与えるのが役回り。ラストベルトの白人労働者に訴えかけるといった選挙戦略は得意ですが、経済・安保政策にコネクトする力はありません。

トランプの哲学を支える忠臣という意味で必要不可欠な存在であることに変わりはなく、今後も大きな影響力をふるい続けるでしょう。

また、前述のとおり、国務省と情報機関との連携不足は今後の課題となります。

それでも、全体的に、トランプの外交力が鍛えられていくプロセスの一局面としてとらえることができそうです。

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4 comments on “トランプ政権のシリア攻撃
  1. ペルドン より
    形が決まっていないトランプ

    変則的・・
    武道でもやりにくい・・
    予測が出来ない・・

    酔拳で対抗出来なかった習近平・・
    北の重要地下基地位置・・トランプに進呈か・・
    カール・ビンソン・・韓国に到達以後・・

    JD・・韓国に居ても・・日本に居ても危ない・・
    いっそ‥米国に亡命・・政治難民か経済難民か・???( ^ω^)・・・(笑

  2. つっきー より
    和平プロセス

    ケリー前国務長官が腐心してきたジュネーブでの和平プロセスですが、アメリカは全く影響を与えることが出来ませんでした。軍事力を背景としない交渉は意味をなさないという解釈が出来る場合、今回の一過性の攻撃により、今後アメリカがシリアの和平プロセスにおいて、影響力を持ち得る可能性はあるのでしょうか。

  3. JFKD より
    このペースでいいかも

    トランプに仕事をさせない方が、期待で長持ち、抑える議会。中国叩きも、国務省人事も進めさせませんね。先に叩きやすい日本で見本を作る気らしい。ティラーソンは自分のロックフェラーネットワークを使えばいいだけ。かえって顔が効く。あ、FBI,これやばいか。でもプーチンの米国批判も打ち合わせ通リに見える。
    という限られた状況で、ヒラリー時代に作られたシリア爆撃計画、イスラム7ヶ国入国制限などを、バノンがタイミングを見計りながら利用しているのでは。グローバリスト側も何かやらせるとしたら久々の在庫一掃戦闘か。

    確かに北の重要基地位置を習近平から進呈されたかもしれない。笑 しかし大事なのは韓国より北朝鮮。事後処分が注目。米中で上手く管理するのでは。米中とも北の体制は大好き。韓国は二の次。米中で脅して御大将は亡命ということで話がついてたりして。フセインのように地下道を移動しまくるかもしれないが。どうも金正男殺害もこの一連かな。先に消しておく必要があった。しくじったらトランプのせいにすればよい。ソウルは最悪の場合、燃えても仕方ない。9.11と同じく作戦に犠牲は必然。日本も同じかもしれない。

    おっとWSJがバノン解任を検討中とニュースを流している。相変わらずトランプ・バノン憎しだな。グローバリスト・マスゴミ側がトランプを叩けば叩くほど、隠れトランプ派が増える気がする。皮肉にもそのおかげで当選したわけだが。笑

  4. カマキリマン より
    分類

    このミサイル攻撃って国際法的根拠のない武力介入ですよね。
    これを手動する人々や賛同する人々が「国際派」「プロフェッショナル」という分類を受ける一方で、武力行使に反対してるバノンやオルトライトが「過激なナショナリスト」という分類を受けるというのも、なかなかにシュールな世界になってきているなーと思いました。

    もし日本の総理大臣が「アサドはクソ野郎なので自衛隊を送ってミサイル撃ち込んできたよ。国会で事後承認よろしくな」なんてやったら、いったいどんなことになるのやらw

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