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2017/02/08 00:00  | 米国 |  コメント(6)

トランプの統治スタイル(豪州への恫喝)


トランプ氏、豪首相との電話会談を「最悪」と打ち切り(2月2日付BBC)

メキシコの次にトランプ大統領の攻撃にさらされたのは豪州でした。米国にとって最も忠実な同盟国である豪州が標的となったことは、意外に思えるかもしれません。

もっとも、オバマ政権で合意された難民の移住計画がトランプ政権で火種になるだろうという予測は以前からありました。したがって、ここまで露骨な形で顕在化するのは想定外だったとはいえ、今回の事態自体に驚きはありません。

この件は、センセーショナルではありますが、米豪関係が不安定化することで世界と日本に何か大きな影響が及ぶものではありません。その意味で、特に注目する必要もないように思えます。しかし、この件は、トランプの統治スタイルと今後の見通しを見る上で、重要なヒントを含んでいます。

独断専行

まず、トランプ(とその取り巻き)の独断専行を読み取ることができます。というのも、電話会談が行われた1月28日の直後には、米豪の両政府は、公式発表として「移住計画の合意は守られる」と述べていました。

トランプの発言は、明らかに公式発表と食い違っているのですが、これは、ワシントンポスト紙が「ある米国の政府高官」からの情報としては発表し、さらに、直後にトランプがこれを裏付ける内容をツイッターで発信したことであらわになったものです。メディアとツイッターにより米政府の公式な発表との齟齬が生じてしまったわけです。

こうした一連の動きをみると、トランプは、関係省庁とまったくすり合わせをせずに発言していることが分かります。おそらく、ワシントンポスト紙に情報をリークしたのはこうしたトランプの独断専行を憂慮した官僚でしょう。

トランプがスティーブ・バノンジャレッド・クシュナーをはじめとするごく少数の腹心とだけ相談して物事を決めていることは、ずいぶん前から指摘されていました。一方で、さすがに大統領に就任した後は、たとえばツイッターの発言など公式な言動については関係者とすり合わせしてから行うだろう・・・とも言われていました。

ところが、今回の一件で、トランプのスタイルは基本的に変わっていないことが示されたわけです。さらに、この関連で注目されるのがNSC再編です。

トランプ氏のNSC再編が波紋、バノン氏重用-「クレージー」批判も(1月30日付ブルームバーグ)

政治顧問、広報戦略担当者という、安全保障政策の決定には影響を及ぼすべきではない地位にあるバノンをメンバーに入れ、安全保障政策の決定において中核的役割を果たすべき国家情報長官と統合参謀本部議長を非常勤に格下げするという、常識外れの決定。いまや「影の大統領」ともいわれるバノンの支配力を見せつける格好となりました。

すでにこのHPで指摘しているとおり、トランプ政権のリスクの一つは、非主流派の行き過ぎた重用が共和党の主流派の反発を招き、それが政権の瓦解、さらには共和党本流議員の離反につながることです。代表的な例は、マイケル・フリン安全保障担当大統領補佐官とジェームズ・マティス国防長官の対立です。

トランプの信任に依存し、本流からは徹底的に嫌われているフリンと、トランプから独立したポジションを確保し、本流からは絶大な信任を得るマティス。仮にマティスが追放されるような結果になれば、共和党本流から厳しい反発が出ることは必至でしょう。

もっとも、フリンは、トランプから、バノンやクシュナーほどの信任を得ていないといわれます。また、フリンは、数多くのアキレス腱を抱えており、政権にとっては爆弾ともなりかねない人物でもあります。したがって、トランプがどちらかを選ばなければいけないとすれば、それはマティスであり、マティスを切ってまでフリンを残すという選択肢はない、という見通しが有力です。

他にもトランプ政権のリスクはありますが、この点は次回述べます。

ディール外交

トランプは、豪州との合意を「damb deal」と呼び、豪州首相との会談は「最悪だった」と吐き捨てました。最初に恫喝して相手を揺さぶる。相手をひるませてから交渉に入り、徐々にカードを切っていく。メキシコへの対応と同様、自慢の「ディール」が展開されています。

この「ディール外交」、トランプはビジネスマンだから、ある意味でスマートなやり方であって、むしろ米国の利益を最大化させる上では合理的なアプローチといえる・・・などといった声も聞きます。しかし、トランプの手法が通じるのは限られたビジネスである点に注意が必要です。分かりやすく言えば、不動産屋のビジネス手法です。

不動産の売買のように、関係者も取引も一回きりであれば、だまし討ちでも何でも、安く買って高く売るディールを成立させれば良いわけです。入札もそうです。不動産王トランプは、この分野では熟達しており、まさに優秀なビジネスマンであるといえるでしょう。

しかし、外交は、関係者も取引も一回きりで終わりません。ビジネスといっても、どちらかといえば、少なくとも豪州や日本のような同盟国であれば、ジョイントベンチャーを作って共同出資するイメージのほうが近いわけです。そうであれば、最初に恫喝したり、カードを徐々に切っていくやり方は合理的とはいえません。

しかも、ビジネスと違って、国家間の合意は、一元的な執行機関が強制履行を担保するシステムになっていません。したがって、合意を締結した後も、関係国に対しては履行させるインセンティブを与えること、そのために信頼関係を築くことが極めて重要です。

こんなことは、外交や安全保障に関わる人間であれば(もっと言えば不動産ビジネス以外のビジネスを扱う人たちにとっても)常識ですが、トランプが理解できていないのは明らかです。このような不動産ビジネスの「ディール」をモデルとする外交スタイルは、おそらく持続しないでしょう。

豪州のスタンス

以上は米国側の事情ですが、豪州側の事情を見ても、この件はいろいろな示唆を与えてくれます。まず注目したいのは、豪州が強気であることです。

マルコム・ターンブル首相は、会談後、「合意が守られることを確認した」と明言しました。トランプの暴言が明らかになった後も動揺している様子がありません。

今回の合意に関して言えば、支持率が低下しているターンブル政権にとって死活的に重要な意味をもっていることがあります。内政的な事情から、豪州にとって譲歩する余地はないのです。

したがって、ターンブル首相は最初から腹をくくっていて、おそらく合意の見直しに対しては一歩も譲るつもりはないでしょう。むしろ、トランプの圧力を利用して自らの支持を高めようとしている節すらあります。

実は、この件に限らず、そもそも豪州はトランプに対して強気な姿勢を示していました。トランプが大統領選で勝利した直後の電話会談で、いちはやくTPP履行を迫っていますし、中国への接近を示唆したり、移民に対する差別的な発言や措置にもかなり厳しい批判をしています。

多くの国々がトランプを刺激することを恐れて慎重な対応をとっているのに比べると、豪州の対応はかなり大胆に見えます。背景として考えられるのは、豪州は米国に対してそれほどの弱みをもっていないことです。

たしかに米国は豪州にとって最重要の同盟国であり、その国防は米国に深く依存しています。また、経済面でも、米国は豪州に対する最大の投資国です。しかし、直近の状況をみると、安全保障面では、豪州は近隣において差し迫った危険を抱えていません。しかも米豪間の安全保障条約(ANZUS)は相互防衛義務を規定した条約ではありません。豪州は、米国のテロ戦争に積極的に参加しており、むしろ豪州が米国に対して「貸し」があるような状態です。

経済面でも、米国から豪州に対する輸出が超過しており、しかも豪州にとっては中国が圧倒的に重要な貿易相手国となっています。米国から豪州の投資は、豪州の資源と自由貿易政策を理由とするビジネス判断によるものであって、米国政府の政策とは関係がありません。

したがって、豪州は、メキシコ、日本やドイツなどの同盟国と違って、米国に足元を見られる事情が少ないのです。こうなると、トランプ得意の「ディール外交」は通用しません。通用しないことが分かったときにトランプはどうするのか。これは、今後、他の同盟国との関係でも、ディールがうまくいかなかったときにどう対応するのかを見通す上で重要な示唆を与えることになるでしょう。

ということで、米豪関係、通常であれば気にかける必要のないトピックですが、トランプの統治スタイルを考察するためには有益な情報を与えてくれます。

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6 comments on “トランプの統治スタイル(豪州への恫喝)
  1. ペルドン より
    トランプ外交

    豪州が強気・・
    これは豪州人気質がある・・
    あるが・・中国の経済が悪化し・・豪州もスタミナを失い始めた時・・
    いつまでも偏屈でおられるか・・

    トランプの外交後始末は・・国務省官僚・・
    トランプ+官僚スタイル( ^ω^)・・・(笑

  2. JFKD より
    TPP

    豪州の外相が、中国の外相にTPPの加入を促したとのこと。実現したら面白いでしょうね。中国も無理し甲斐があるのでは(笑)。習近平も米国に代わって自由貿易の旗手になるとビルダーバーグの会議で言っていたから、入ればいいのにね。まあ当然規則は守らないでしょうが。
    しかしそんなことをしたら余計、日米FTAの締め付けがきつくなるな。笑

  3. カマキリマン より
    個人単位で狙い撃ちにするのでは?

    ターンブル首相は中国に近すぎると警戒心されて
    パナマ文書で米国から揺さぶりをかけられましたよね。
    トランプ政権も同じようにターンブル政権を個人単位で狙い撃ちにするのではないでしょうか。
    それとも情報部門全般と仲が悪くてそんな芸当もできないのでしょうか。

  4. 那須の山奥の兄ちゃん より
    トランプ推奨本を拝読しました

    米政府高官というのはトランプ自身ではないのですか?

    恫喝して、あとで、猫なで声になるのは彼の常套の交渉手段

    しかし、このおっさん、所得を公開しないのは
    おそらく、私の推で申し訳ないのですが
    たぶん、資産よりも借金のほうが多いからでしょう

    ブランドビジネスを仕掛けてから
    自分は安全な位置にいてリスクは他人というのが
    彼のポジションと考えると
    真面目に考えても仕方ない

    ワシントンポスト執筆だから
    割り引いて考える必要もありますが
    単なる詐欺師ですね
    やっていることは詐欺師と変わらないでしょう

    まともな人間とは到底思えません
    それをまともな考えで接しても仕方ないというのが現時点の結論です。

  5. 下北のねこ より
    美味しい交渉になりますように(^人^)

    トランプさんの交渉は基本的にビジネスマンらしいGive and Takeに見えます。
    うまく、お互いに利益が得られる結果に成ればいいですね。
    出せるお金があって、お金で済ませられる日本は幸せです。

    ゴルフも会食もいいことです。特にトランプさん、なんだかんだ言ってもストレスや疲れ、溜まってるんじゃないでしょうか。
    人生で自分の利益だけじゃなく、公益、義務としての仕事に携わり、自分の意志に関係なくやってくる公務の量、内容、ついでに結果も自分の思い通りにならないことの方が多いのは、初めてのことでしょうから。
    安倍首相と楽しめる間柄になればいいですね。

    新幹線が話題になってましたが、お金は日本持ちで、雇用はアメリカ、受注は日本でワシントン~ニューヨーク間の新幹線というのもなんて想像したりして。

    トランプさん、見ていて面白いなあって、思います。
    ぐっちーさんは、投資銀行時代の上司、JDさんは不動産屋さんにたとえていましたが、私もJDさんに近いのですが、バブル時代の地上げ屋さんに見えてます。
    遵法精神に乏しく、法から逃げるのではなく抜け道を探すところ、気に喰わなければ恫喝するところ、目的を達成するための研究は周到(ただし、本人じゃなくスタップ)に、最短距離の手段を使うところ。
    バブルの時代の気分や体験が染み付いたままの不動産屋さんがそのまま政権をとったって感じですね。
    大統領令の乱発は最初、ちょっと個人的には感心していて、自分の公約を達成する手段もしくはみせるための手段はきちんと研究してたんだなあ、成功すれば最短距離で済むし、失敗してもどれだけ大変かという瀬踏みになるもんなって、気持ちでいました。惜しむらくは、小泉元首相みたいに、移民規制をトランプ政権の「一丁目一番地」みたいに言いくるめられる才能がないとこかなあってな見方だったんですが、なんかそこは買いかぶりすぎだったかも知れません。

    トランプさん、ご自身の研究が少し不足してるような感じを受けます。おそらく研究はスタッフの仕事なのかなあ。自分で研究すれば、人の考えに染まってしまうことを気にするのかもなんて考えたりします。そのスタップの報告を元に、ご自身の経験知から来る、ちょっと原初的な経済理念でバンと判断するのがトランプ流なのかもしれませんね。

    日本からはお金が出ていくんでしょうけど、交渉次第では期待する、一番欲しいものが手に入れられそうな相手だと思います。少なくともそれはわかる相手でしょう。それがいいものでありますように。
    これは夢ですが、北方領土、プーチン・トランプ両大統領・安倍さんの間に進めばいいなあと思います。いつか日露の交渉結果をトランプさんが裏書きしてくれることになればいいなあと期待します。

  6. バッファロー66 より
    フリンさん辞任

    >トランプがどちらかを選ばなければいけないとすれば、それはマティスであり、マティスを切ってまでフリンを残すという選択肢はない、という見通しが有力

    ひゃ~。JDさんお見事。
    新聞を読まず、グッチーポストと溜池通信だけ読んでおればいいのですね!
    20年購読している「選択」も追いつけない鮮度と確度。

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