ブログ記者によるオンライン新聞 グッチーポスト

The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2015/11/10 00:00  | 経済・通商・金融 |  コメント(5)

TPPの大筋合意と中国

TPPの大筋合意妥結ですが、この交渉には私の友人・知人が沢山関わっていました。本当に大変な仕事で、それを5年半も続けて、しかも最後まで薄氷を踏む思いを強いられていましたから、まあ最後に何とか努力が報われて良かったなあと思います。

TPPの特徴の一つは、関税撤廃率のレベルの高さです。

これまで日本が締結してきたFTAでの日本の撤廃率がすべて90パーセント未満(最高で豪州とのFTAの88.4%)だったのに対し、TPPの撤廃率は95%。他のほとんどの国は100%。もちろん米国の自動車は25年、トラック(ビッグスリーの主力商品であるSUV含む)は30年といった猶予期間を含んでの100%ですが、世界のGDPの36%を占める経済規模でこれだけの自由化を達成したのは特筆に値します。

そして、もう一つは、関税のみならず非関税障壁、物品貿易のみならずサービス貿易、そして投資、さらには貿易・投資を超えて、競争政策、知財、国営企業、労働、環境、政府調達といったこれまでのFTA・EPAでは必ずしもカバーされていない分野まで包括的にルールを定めている点です。

この点は、最後に述べますが、対中国外交において大きな意味をもちます。

ここまで経済連携に関するルールを36%の巨大経済圏で定式化されると、取り残された他の国々は、TPPに加わるか、あるいは既に進んでいる他の手段で埋め合わせを図るか、決断を迫らざるを得なくなります。

思えば、かつてWTOというグローバルな枠組みでの世界経済の自由化プロジェクトが頓挫し、NAFTAを皮切りに、地域の枠組みでの世界経済の自由化プロジェクトが始まったとき、ブロック経済化が起こり、グローバルな規模での自由化が阻害されると懸念されたのですが、地域経済連携は最終的にはグローバルな規模での自由化につながるものと位置づけられ、原則域内の完全自由化を条件にWTOの例外として許容されました。

今回のTPPは、まさにこうした地域経済連携が域外の自由化も促すという期待に応え得るものであり、また、これは特に中国との関係で大きな意味をもちますが、世界経済のルールメイキングにおいて大きな役割を果たすものといえます。

具体的に域外国の対応を見ると、現時点で参加意思を表明しているのは、韓国、台湾、フィリピン、インドネシア。

韓国は、輸出依存度が高い経済構造ということもあり(14年の統計で40%)、これまで日本をはるかに上回るペースでFTA締結を進め、米国、中国、EU、ASEANといった主要経済圏と次々にFTAの締結に成功してきましたが、中韓FTAについていえば、自動車・農産物という主力品目が除外されており、極めて水準の低いFTAとなっています。

日中韓FTAは、先週の日中韓首脳会談でちょうど取り上げられたところですが、これも中韓が自由化率を下げようとするのに対して、日本がそれでは意味がないということで難航している状況にありました。

さらに日中韓3か国が参加している地域FTAとしてRCEPがありますが(ASEAN10+日中韓印豪NZ)、これも中国とインドができるだけ自由化率を下げようとして、現時点では80%という低水準で交渉が進められているとの由。

TPPが成立した今、これらのマルチのFTAは、現状の低水準の自由化率だとTPPの提供する競争力にはかなわないため意味がない、あるいは、せいぜい中国が多少なりとも自由化する点に意味を見出す、という程度の意義しか見出せなくなります。おそらく中国がスタンスを変えない限り、日中韓とRCEPの自由化率を大きく上げることは難しいでしょうから、韓国としては何とかTPPに入りたい、という気持ちになります。

ASEANでは、フィリピンはアキノ大統領が早々に参加への意欲を表明。もっとも、来年5月には大統領選がありますから、新大統領が誰になって、アキノ路線を継承するのか見極めが必要になります(「フィリピン2016年大統領選」参照)。また、フィリピンはサービス貿易の拡大をするために憲法改正が必要であり、ASEAN経済共同体でもこれが大きな問題になっていますが、TPPにおいてもネックになります。

インドネシアは、先月、ジョコ大統領が訪米した際にTPP参加の意欲を表明しました。もっとも、このHPで何度も書いているとおり(最近では「インドネシアの経済ナショナリズム」参照)、インドネシアでは国内産業保護を主張する政治勢力が強く、闘争民主党では平党員に過ぎないジョコ大統領の政治力は極めて限定されているため、かなりの難航が予想されます。

最近では内閣改造を行って自身の改革を進めてくれる腹心を入閣させましたが、その一人であるトマス・レンボン貿易大臣も、参加決定までに2年はかかる、という発言をしています。

タイは、参加意思をいまだ表明しておらず、慎重に検討すると述べるにとどまりますが、元々インラック前首相の政権では参加意思を表明しており、最近の内閣改造で入閣したソムキット副首相は積極派とみられ、おそらくそう遠くない時期に参加を表明することになると思われます。

軍事政権であるため米国が文句を言うかもしれないという懸念もありましたが、最近、新しく駐タイ米国大使となったデービス(元北朝鮮担当特別代表)はタイの参加を歓迎する、と発言しました。

ちなみに、今回の駐タイ米国大使の発言に加え、7月の国務省人身売買報告書でのマレーシアの格上げ、先月末のケリー国務長官の中央アジア訪問などを見ていると、最近の米国外交には、人権問題に対して柔軟で、実利をとるという戦略的な姿勢をとる印象を受けます。

EUは、米国(TTIP)、日本、タイ、マレーシアと交渉を進めていますが、うまくいっていません。

EUは、主要国とFTAを締結しているのは韓国だけで(ASEANではシンガポール、ベトナムと交渉完了)、かなり遅れをとっています。もともと先進国の割には高関税が多く残存し、しかも交渉団に十分な権限が与えられず、EU内での調整が至難の業のため、なかなか進められないのですが、今回のTPP合意に大きな圧力を受けることは間違いないでしょう。特にTTIPには米国内においても非常に高い期待が寄せられています。

最後に、中国ですが、これは韓国のところで述べたとおり、日中韓とRCEPを追求するのが現状のアプローチです。TPPに加わることは、少なくとも近い将来においては期待できないでしょう。なぜなら、冒頭に述べたとおり、貿易・投資の自由化にとどまらず、知財、国営企業、労働、環境といった分野のルールを飲み込むことが大きな課題になるからです。

これらの分野のルール化は、中国はもちろん、ベトナムやマレーシアにとっても大きなチャレンジになります。

特にベトナムは、中国とよく似た共産党国家ですから、国営企業の改革、労働組合の自由化などにおいて、血を流すような努力が求められます。

もっとも、現在の政権では改革派が力をもっており、外圧を利用して国を変えようとしている状況にありますから、TPPはむしろ絶好のチャンスを提供する、と見ることもできます。実際、ベトナムは、WTO加盟においてもチャレンジをチャンスに変えて国を変えてきました。

こうしたベトナムの大胆な(無謀な?)勇断を中国も下すことができるかがポイントになります。

できなければTPPに参加できず、のけ者にされて競争力を失うことになりますし、できるのであればTPPに参加して、日米が作り上げたルールに屈服することになります。こういう意味で、TPPは中国に対して大きな踏み絵を要求したことになります。

おそらく中国は、TPPなどどうせ合意できないと高をくくっていたのでしょうが、冒頭に述べたとおり、薄氷を踏む思いで成功しました。

TPPの最大のメリットは、冒頭に述べた第一のポイントである貿易の自由化ですが、第二のポイントのルールメイキングは、中国の取り込みという点で威力を発揮するものであり、第一のポイントに勝るとも劣らぬメリットを提供しているともいえます。

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5 comments on “TPPの大筋合意と中国
  1. 二宮 より:
    圧巻

    今日のグッチーポストメール配信と、
    それに呼応してのJDさんのこの記事はもう、あらゆる意味で興奮しました。
    日本も何とか新しい時代を掴み取ってるんですね。
    いつもほんとにビジネスの意欲を掻き立てていただいてありがとうございます。
    暗い気持ちになっている日本中の人に読んでもらいたいです。

  2. sissi より:
    シェアさせてください

    私のFacebookのタイムラインに載せさせてください。
    少しでも多くの方に読んでいただきたいです。
    (って、私のウィールの影響力などは微々たるものですが・・)

  3. JD より:
    二宮さん

    ありがとうございます。そこまで言われると恐縮しますが・・笑
    もちろん、TPPは良いことばかりではありません。ぐっちーさんがおそらく示唆していたように思いますが、米国にとって都合の良いルールが押しつけられている面はあります。
    ただ、ルールメイキングも国益のぶつかり合いですから、ある程度は仕方ないといえます。
    それでも、これまでの米国のFTA交渉のやり方が、頭ごなしに小国を怒鳴って押しつけるようなスタンスであったのに対し(韓国もかなりやられたはず)、今回のTPP交渉は、かなり日本が戦略的に立ち回り、米国の無茶を封じ込めたようです。甘利・鶴岡・大江という強力なラインが機能したのでしょう。今までの4省庁が足を引っ張り合う経済交渉からすれば隔世の感があります。

  4. JD より:
    sissiさん

    もちろんです。ぜひお願いします。
    最近アクセス数が伸び悩んでいますので(笑)ご支援ありがたい限りです。

  5. ペルドン より:
    JDさん

    中国にとって・・
    分水嶺になるか・・出来るか・・
    振り返ってみれば・・との話になるか・・
    主席の夢膨らむ・・か・・しぼむか・・
    共和党に主席は賭けるか・・
    日本はコンドルの下に賭ける狐か・・・(笑

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